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嗅覚と味覚

色の認識については、可視光線の電磁波を視覚センサーが、「色という心理的な量」に変換して脳で認識し、また音については音波を聴覚センサーが、これも「音という心理的な量」に変換して、脳で認識するということを書きました。今回は匂いと味の認識についてです。

嗅覚:匂いはどうやって嗅ぎ分けられるのでしょうか?
匂いの正体は、空気中に浮遊する様々な微小分子です。匂いを嗅ぐということは、この微小分子をとらえて、その形の違いから、何の分子かを識別しているのです。
ヒトの鼻の奥の「嗅上皮:きゅうじょうひ」と呼ばれる部位に「嗅細胞」があります。
その表面にある「嗅覚受容体」というタンパク質が、匂い物質を認識します。
受容体には様々な種類があり、それぞれ異なるくぼみ:凹を持っています。くぼみに匂い物質がぴったりとはまると、嗅細胞はその情報を脳に送ります。

人の嗅覚受容体は約400種類あります。ところが匂い物質は数万種類あるといわれます。400種の受容体で数万種の匂いを嗅ぎ分ける仕組みは、どうなっているのでしょうか?
実は、匂い物質は、その分子の様々な部分で複数の受容体に結合します。
受容体はそれぞれ、一つの匂い物質について複数の情報を脳に送ります。
つまり400種の受容体の組み合わせで、数万種の匂い物質を識別しているのです。
kyuukaku1.jpg
受容体が組み合わされた情報は「嗅覚野」に伝わり、匂いが認識されます。
そして認識した匂い物質の情報は、脳の様々な場所に送られます。
「偏桃体」では「その匂いが好きかどうか」という情動についての情報が、「海馬」では「過去に嗅いだことがあるか」という記憶の情報が伝わります。
また前頭野では、味覚や触覚、温度感覚と統合した「風味」が認識されます。

味覚:次は味覚です。口の中には味を感じる「味蕾:みらい」というセンサーが、舌の表面やのど、上あごの奥などに散在していて、全部で7千個以上あるといわれています。
味蕾には「甘み」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」を感知する「味細胞」が、それぞれ数十個集まっています。
味細胞で味の分子を感知すると、その情報は味覚神経を通じて、まず延髄の「孤束核:こそくかく」という場所に送られます。そして味の情報を元に、例えば唾液が分泌されたり、吐き気を催すといったような反射的な反応が起きます。これは、まず栄養か有害かという判断が最初に起き、体内に取り込むか、吐き出すかという判断を行うのです。
口に入れたものが栄養なのか、それとも有害物質なのかは、分子構造のわずかな違いで決まります。栄養になるものは「好ましい味」、有害なものは「いやな味」に感じるのです。

次に弧束核から「塩味」や「うま味」などの味の情報が、大脳の「一次味覚野」に送られ、味の強さや質が分析されます。
さらに「二次味覚野」で、嗅覚や触覚からの「風味」や「食感」などの情報と組み合わせられます。「偏桃体」では、「好きか嫌いか」という「情動」の情報が判断され、食欲をつかさどるホルモンが分泌されます。そして「海馬」では、味の記憶が形成されます。

mikaku.jpg
ところで、五つの味は、それぞれどんな役割があるのでしょうか?
甘み、うま味、塩味の味覚は「栄養」になる分子を検知する役です。
甘みはエネルギー源である「糖」の分子検出を、うま味は肉や魚の「たんぱく質」に豊富に含まれるグルタミン酸やイノシン酸などの分子の検出、そして塩味は「ミネラル」の代表としてナトリウムイオンを検出します。
以上三つの味は、私たちに必要不可欠な栄養を検出する感覚です。

「酸味」と「苦味」は、有害な分子を検出して警告する味覚なのです。
食べ物は腐ると酸っぱい味がします。腐敗の過程で酸の分子が作られるためです。
また「苦味」は体に有害な「毒」の分子を検出し、「苦い」という信号を脳に送ります。
つまり苦味や酸味は、腐敗物や毒物のサインなのです。
でも私たちは、苦いコーヒーを美味しいと感じ、酸っぱいグレープフルーツも美味しいと感じます。なんで?
味情報が最初に伝わる「孤束核」では苦い、酸っぱい有害な味だと、反射的反応をしても、偏桃体や海馬の情報から「美味しい」「好き」「あの味」といった認識に大脳で組み替えられるのですね。「安全で体に良い」食べ物だと、脳が学習しているからです。

なお「辛味」も重要な味情報ですが、味覚では感じていません。辛味は舌・口中の「痛覚受容体」で感じていて、味覚神経ではなく、「三叉神経」で脳に伝わっています。
また痛覚受容体は、舌や口の中だけでなく、体のあちこちにあります。
わさびを食べると、味というよりも、ほとんどを嗅覚と痛覚で認識しているわけですね。

このように味は味覚だけでなく、嗅覚や触覚、痛覚そして色覚も加わって、脳で総合的な組み立てが行われているのです。
そして匂いと味もまた、脳で認識される心理的な量ということでしょうか?
解かれば解かるほど、不思議さが増す感覚の世界です。



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成長は何故求められる?

成長の限界
一般的に「経済は成長するもの、しなければならないもの」と信じられているようですが、疑問の声は、少数ながらも常にありました。およそ半世紀前ですが、「成長の限界」という研究レポートが大きく取り上げられたことがありました。(ローマクラブ報告)
それは資源や地球の有限性から、人口増加や環境汚染がこのまま続けば、100年以内に成長は限界に達すると警告されたもので、大きな反響を呼びました。
しかし今ではそれも杞憂だったと、多くは受け取られています。
幸い?石油をはじめとした天然資源は、枯渇することなく、採取され続き、人口増加は大きかったものの、食料資源は(少なくとも総量では)不足していないし、環境汚染もサイレントキラーなるがゆえに、人々が目を背ければ何も起こらないかのごとくです。
かくして成長の限界は、今では省みられることも少なく、成長する経済の神話は続きます。
しかし、現実の経済(少なくとも先進国経済)は、ずいぶん前から低成長を続けています。一体どうしてなのでしょうか? 成長の限界の呪縛は解けたはずなのに...

成長の推進力
経済が成長するということは、端的にはその規模が大きくなることですが、では規模が大きくなるための推進力は何なのでしょうか?
成長は、一般に労働力や設備の増加による量的拡大と、そして労働生産性や資本生産性などの向上、そしてイノベーションによる新規の市場拡大によってなされるといわれます。
イノベーション( innovation)とは、「新しく採り入れたもの」というような意味で、一般的には技術革新を指すと理解されていますが、それだけではなく、新考案、 新機軸、 新制度など、社会的に大きな影響を起こすようなことという意味を持っています。
またイノベーションは、概して全ての資源の生産性を向上させる効果があるということで、特に注目されるのです。

生産性って何?
ところが、生産性の向上やイノベーションは、実のところ、その正確な把握が難しいという特徴があります。生産性の値は、評価基準や評価方法によって大きく影響を受け、また多くの場合、質的つまり定性的な評価を定量的評価に変換することも困難で、結局のところ、成長率の値から、設備や人口の増加での量的増加を差し引いた残りが、生産性向上という言葉で括られてしまうのです。つまり生産性は、工場での時間当たり生産量が、どれだけ増えたというような、ミクロの値の集計ではなく、マクロの残りものということです。
またイノベーションは、制度りや社会的変革をも伴うので、経済に対してプラス面とマイナス面があって、その中身を精査したら、成長に寄与していなかったこともあり得るという、取り扱い注意物件なのです。良く使われる言葉に経済効果というのがありますが、同時に発生する不経済効果を見落とすと、イノベーションへの過剰期待に陥ります。

イノベーションへの過剰な期待
かって、石油が石炭に取って代わり、そして電力がエネルギー利用の中心になった大技術革新時代は、すべてが量的拡大と質的変革を遂げることが出来たので、格別に生産性やイノベーションが取り上げられることもありませんでした。
成長が鈍化するにつれ、こういった言葉が重要視されるのも皮肉な話です。
今日、先進国では、労働および消費人口の増加や設備などの増加による量的拡大は、余り見込めないので勢い、生産性の向上や魔法の杖とも見えるイノベーションに過大な期待を抱きがちになります。
イノベーションに多くの力と資本を注いでいる米国では、既存の生産設備の更新や労働力の生産性を高めるというよりも、新しいアイデアや事業モデルに飛びつく性向が強くあります。独創性とか、個性的、挑戦といったことに大きな価値をおく傾向に、あふれるマネーのあくなき利益の追求といった要素が結びついているのです。

マネーの、国や地域を越えた跳梁
マネーは短期で効率的に利益を上げるために、グローバリゼーションを旗印に、国や地域を飛び越えて、世界中の金融市場や株式市場で、マネーがマネーを求めて跳梁します。
そして、IT革命というような、ビッグイノベーション期待のもとに、新しいアイデアやモデルで巨額の投資を集め、株式新規公開で、一気に巨額の利益を生むという手法が、今日の流行(はやり)です。
また多国籍企業は、工場を主として事業拠点の海外移転で、雇用の縮小や産業の空洞化をもたらし、或いは企業自体のタックスヘブンなどへの移転によって租税を逃れ、さらには鳴り物入りのイノベーションが、その担い手たる人材は海外から集め、資本はどこのモノとも知れず、そのもたらす果実は四方に拡散し、国家や地域に残されたものは僅かだとしたら?

それでも成長しない...
第二次世界大戦後、抜きん出て巨大な工業太国となった米国に牽引された高度成長時代は、1970年代には峠を越していたという見方があります。実際、米国のGDPは、1980年~2017年の37年間での平均成長率は2.7%を下回っています。
古い産業は見捨てて、新しいビジネス、特にマネー経済や、IT産業に走り、世界からマネーが集まり、人口も増加している米国においても、経済成長率が、3%に達しないということは、先進国では低成長こそ常態ということなのかもしれません。
それは米国だけではありません。2017年の成長率が4%を超えている国は、世界で65カ国ありますが、そこに先進国は1国も入っていません。
どうやら高度成長のほうが説明を要する事態で、低成長もしくは成長しないということが、自然状態であるとの認識に立てば、違う世界が見えてきます。

再び成長の限界
米国の仕掛けたグローバリゼーションは、資本が利潤を求めて国境を越えて、世界のどこにでも自由に移動することを意味しましたが、それもリーマンショックでつまずき、今や米国は、グローバリゼーションと反対の方向に向かっているようにも見えます。
次なる成長の糧としたGAFAに代表されるIT産業は、全盛を極めているように見えますが、このところ、向かい風が吹き始めています。
何故だか米国の現政権も、こういった企業をあまり好きではないようです...

それなのに何故、成長を追いかける?
GDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)などの指標は、もともとは第二次世界大戦時の戦費調達のために、つまり徴税のために開発されたものです。
大戦後、西側諸国は復興の資金需要、そしてソビエト連邦を中心とする東との冷戦による軍拡競争、労働者の雇用条件の改善を旗印とした様々な(社会主義的)福祉政策等々、多額の資金と政府関与が求められ、各国政府は経済を制御するうえで、使い勝手のよい経済指標としてGDPを多用するようになりました。
すぐにGDPは、その規模で国の強さと大きさを意味する、またその増加すなわち成長は、国の勢いを表す格好の指標となったのです。GDPは毎年、成長を義務付けられ、やがて成長率自体が自己目的化するのは時間の問題でした。

資本が資本を生み、限りなく増殖する資本主義が、あからさまにその正体を現して世界を跳梁し、またすべての制度や人の思考形式に至るまで、成長を前提に作られてしまっていて、今となっては変えようもないのも事実です。
成長とその持続への期待は、七難を隠します。多少の社会的問題や不安も、成長の余力で解決できるように思わせてしまい、望むべくもない成長を求めて、悪あがきするのです。

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光と音はどうやって認識される?

太陽の光すなわち自然光は、人の目には「白色」に見えます。
しかし光をガラスで出来た三角柱のプリズムを通してみると、様々な色の帯が現れます。
「赤橙黄緑青藍紫」の帯、光のスペクトラム(連続体、分布範囲)です。
光は色によってその波長が違うため、プリズムを通るとき、波長に応じて異なる屈折率によって、光が分けられて七色の帯になるのです。
spectram2.jpg
図上はその光のスペクトラムで、図下はいわゆる「光の三原色」と、その三原色を混じり合わせた、いくつかの色を示しています。さらに三原色の配分や明度、彩度を変えて混合すれば、人が認識するすべての色を作り出せます。
「RGBカラー」では、Red、Green、Blueのそれぞれ256通りの色調で、色や濃淡を連続した階調で表現することができます。256階調あれば、人の目は隣どうしの色や明暗が区別できず、滑らかなグラデーションになります。

光は図のように、およそ380~780nmの波長をもつ電磁波です。
では光の三原色で、すべての色を作ることができるということは、赤緑青の三つの電磁波で、すべての色に相当する電磁波を作るということなのでしょうか?でもスペクトラムに無い色は、どの波長の電磁波?というより、何でスペクトラムには、七色しかないの?

実は三原色は、人の目の視覚細胞と大きな関係があるのです。
視覚細胞には「赤、緑、青のそれぞれの光を感じ取る三つのセンサー」があって、それぞれのセンサーが受け取った光の量が脳細胞に伝達されて、三種がミックスされて、「色」として組み立てられるのです。
つまり光の三原色とは、人の三色の視センサーが基準になっているのです。

スペクトラムの七色も、電磁波に七つの色があるのではなく、人の三色の視センサーがそれぞれ感じ取った電磁波を、脳がミックスして、七つの色に大別して認識しているということになるわけです。
例えば、黄色は580nm~595nmほどの波長の電磁波ですが、緑と赤の電磁波が混ざった光線でも、同じ黄色になって、両者を人の眼は区別できません。
また青色と赤色が混ざると、「ピンク色」という(それに相当する波長の電磁波は無い)色になります。ピンク色とは脳内でミックスされた心理的なもので、桃色光線というものは存在しないのです。

色とは「脳が光を認識する手段」なのですね。色は「物理的な量」というよりも「心理的な量」ということができるのです。「光に色はない」ということを、最初にプリズムで光のスペクトラムの実験をした、かのアイザック・ニュートンがいっています。

次に音の場合は、どうやって認識されるのかということです。
大抵は「空気の振動である音を、鼓膜が捉えて認識する」ということで済ましていますが、実際はもう少し複雑な仕組みです。
鼓膜(中耳)の振動は増幅されて、蝸牛(かぎゅう)という器官(内耳)に送られ、蝸牛内にあるリンパ液を振動させます。
そしてリンパ液の振動が、聴覚細胞である有毛細胞を刺激し、その刺激が、神経から脳に脳に伝わり、音を認識するという仕組みです。
ということは、音の振動が、聴覚細胞によって(色と同様に何らかの心理的な量に代えている訳ですが、考えてみるとこれも不思議です。

医療で、人工内耳というのがあって、聴覚障害に用いられますが、その仕組みがわかると、聴覚の理解の助けになります。
人工内耳は補聴器と外見は似ていますが、補聴器は増幅した音(空気振動)を、そのまま鼓膜に送っているのに対して、人工内耳はマイクロフォンが捉えた音声を、音声分析装置で「電気信号」に変換し、そして蝸牛に埋め込んだ(インプラント)電極へ送り、電極が聴覚神経を刺激します。
蝸牛の聴覚細胞は、その部位による周波数特異性をもっています。つまり聴覚細胞が反応する周波数がそれぞれ異なっています。そこで蝸牛内の音域の割り当てに対応して、複数個の電極を埋め込みます。
そして音声分析装置の中のプロセッサーが、どの電極をどの程度刺激するかを決めます。

音声の周波数分析を時間的に連続して行い、強さ、周波数、時間 の三次元で表示することを、スペクトログラム(Spectrogram)と呼びますが、これで見ると(特にあ行の母音では)、特定周波数に、はっきりとしたピークが得られます。この特徴的なピークが、音声毎に異なるために区別ができるわけです。その特徴を捉えて電気信号に変換する行程を、音声処理(コード化)法といいます。
スペクトロピークというコード化法では、音声スペクトログラムを、そのまま電極での刺激の場所と強さに変換します。
下図はスペクトログラムの時間軸を省いて表示した図ですが、黒色の部分がピークにあたります。

peak1.jpg

人工内耳は蝸牛本来の信号は得られませんが、個人差はあるものの、一般的にかなりの程度で言葉を聞き取ることができるようになるといいます。
そしてこのような人工内耳の仕組みと同じことを、人の耳(特に内耳)が行っていると考えると、内耳は音声分析装置の機能を持っているということですね。

このようにして、蝸牛の各部位に送られた電流が聴神経と脳に伝えられて、音に相当する何らかの心理的量に変えられているのですが、この部分は色の認識と同様に、まだよく解明されていない、未知の領域なのです。
もとの空気振動を聴神経や脳によって、補完、補正や創造(想像)、フィルターなどなど様々な作業を行って、音として組み立てているのです。
この音の認識(組み立て)は、色の認識と同じように高度でかつ、見方によっては、随分と大胆(アバウト?)な脳の作業なのです。

人工内耳と同じように、視覚障害のために、人工網膜というものがあります。
人の網膜には視細胞が縦横の格子状に並んでいますが、人工網膜はデジカメのように、受光素子が縦横に並んでいて、機能しなくなった視細胞の代わりを務めます。
受光素子は、マイクロチップ化されていて、眼の網膜に埋め込まれます。
入ってきた光は、受光素子で電気信号に変えられ、信号は視神経に送られ、そこで「光」として認識(構成)されます。
現在の段階では、光の明暗は「モノクロで縦横何ドット」というレベルで認識されますが、それでも大きな文字などは読めるようになります。電光掲示板のような具合ということです。将来的には画素数も広がり、また「色」も認識できるようになるのでしょう。

私たちは目を瞑っても、色を思い浮かべることが出来るし、夢の中でカラー動画を見る?こともできます。また音楽のメロディーを頭の中で再現できるし、発声しなくても言葉で文章を組み立てられる、というように、まだ解からない不思議な仕組みによって、その作業が行われている訳ですね...

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エントロピーと時間の矢

「エネルギーはリサイクルできない」で、エントロピー増大の法則に触れました。
この法則は、解かったようで良く解からない法則ですが、実は「時間の流れ」ということについて、重要なことを表している法則でもあります。
「時間とは何か?なぜ過去から現在へ、そして現在から未来へ流れるのか?」
これは現代物理学でも解き明かされていない難問なのです。
ニュートン力学でも、マックスウェル電磁気学でも、アインシュタイン相対性理論でも、量子力学でも「時間の向き」はないのです。もちろん時間は重要です。例えば、運動する物体の速度は「移動距離/時間」で求められます。しかし時間の向きについては、「過去から未来に」でも、反対に「未来から過去に」でも、全く区別しないのです。

私たちにとって、時間の向きは、日常的で明白なように見えます。
例えばミルクの混ざったコーヒーと、混ざっていないコーヒーとを比べて、どちらが過去かと問われれば、誰でも迷わずに、後者と答えられます。混ざったコーヒーが、ミルクとコーヒーに分離することはないことを知っているからです。
こういった元に戻らない過程、不可逆過程は、身の回りにいくらでも見ることができます。
そして私たちが過去と未来を区別できるのは、この不可逆過程があるからなのです。
この過去から未来への一方通行を「時間の矢」とよびます。
しかし、この時間の矢は、上に挙げたような物理学からは生じないとすれば、これを表している物理法則はないのでしょうか?

この謎に挑んだのが、19世紀のオーストリアの物理学者ボルツマンです。
ボルツマンは「混ざっていないコーヒー」と「混ざったコーヒー」との違いは、ミルクの原子の『散らばりぐあい」だと考えました。
「混ざっていないコーヒー」は、ミルクの原子がコーヒーの一隅に集まっているのに対して、「混ざったコーヒー」では、ミルクがコーヒー全体に散らばっている。
この散らばり具合を数値に置き換えて、それをエントロピーの大きさとしました。

ミルクの散らばり具合は、コーヒー空間におけるミルク原子の配置によって決まり、配置の数をWとすれば、エントロピーSはWの自然対数 log Wに比例する値として計算されます。  S=K log W (Kはボルツマン係数と呼ばれる比例定数)

milk.jpg

混ざる前のミルクの配置は、6個のミルク原子が、36マスの最上段に並ぶ配置なので1通りしかない。エントロピーSは、K log 1で、すなわち「0」です。
混ざった後のミルクの配置は720通りです。Sは、K log 720 で約「6.579K」 になります。
散らばっていない状態は、エントロピーが低く、散らばった状態は、エントロピーが高くなります。秩序だった状態が、時間とともに乱雑な状態に落ち着いて行く、その不可逆過程が、エントロピー増大の法則であり、時間の矢の原因だとボルツマンは考えたのです。

ところでエントロピー増大の法則は、熱力学第2法則ともいわれます。
「熱は不可逆的に、高いほうから低いほうに移り、その過程でエントロピーが増大する」
蒸気機関の発明によって熱機関の研究が発展して、19世紀半ばに、トムソンやカルノー、クラウジウスなどの学者によって、熱力学の法則が完成しました。
カルノーサイクル(温度の異なる2つの熱源の間で動作する可逆熱サイクル)の数学的解析から、不可逆的熱移動と乱雑さの増大の概念が明らかにされ、エントロピーと命名されました。エントロピー増大の法則は次のように表されます。
  ⊿S≧0 ⊿(デルタ)は、変化後のエントロピーから、変化前のエントロピーを引いた差です。その差が正の値になるということは、変化後のエントロピーは、変化前のエントロピーより増えていることを意味します。

ボルツマンは、そのおよそ50年後に、エントロピーを、原子の力学的解析から熱力学的な性質を説明する「統計力学」の立場から見直し、「原子の分布の仕方の尺度」として再定義した事になります。
熱力学でのエントロピーと、ボルツマンのエントロピーとは、本質的に同じものなのです。
さらに彼は、エントロピーこそが、時間の矢の原因だと説明したのです。
しかし、ことはそんなに単純には済みませんでした。

ボルツマンは、原子の散らばり具合をもって、エントロピーを導きましたが、実は原子は、その当時、まだ発見されていなかったのです。この点について批判が起こリ、激しい論争がなされました。実在しないものを仮定して作られた理論なんて...というわけです。
またエントロピー増大の不可逆的過程をもって、時間が過去から未来に流れる証明としましたが、「時間対称的な力学から、不可逆過程が導かれるはずがない」として批判され、否定されてもいます。時間の矢を逆手に取られたのです。

今日、ボルツマンの功績は、エントロピーの公式や、それ以外の分野においても、広く認められていますが、時間の矢の存在証明については、いまだ道半ば?
エントロピー増大の法則は、厳密にいうと私たちの身体的な経験則に過ぎないという見方もあって、時間の矢の確かな証明になるには、最初のエントロピーが低い状態が、どうやって用意されたかを知る必要があるといわれます。
つまり時間の矢があらわれる本当の理由を知るためには「どのようにして、宇宙の最初に、エントロピーの低い特別な状態が用意されたのか?」という問いに答えなければならないのです。その状態から現在の宇宙のエントロピーの高い状態が導かれれば、エントロピーが時間の矢の原因だということが、明確にされるということです。

時間についての大いなる謎は、現代の最先端物理学においても、例えば量子重力理論などによって、取り組まれていますが、大きな難問のようです。

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いずれがアヤメかカキツバタ

nohana1.jpg
「いずれがアヤメかカキツバタ」といって、秀でたもの二者の甲乙付けがたいことを意味しますが、実はここに、ハナショウブが加わります。
いずれもアヤメ科アヤメ属の花たちの三つ巴?です。
ただでさえ、見分けがつかないのに、さらにややこしいのは、漢字で書くと、カキツバタは「杜若」あるいは「燕子花」、アヤメは「綾目」や「菖蒲」、そしてハナショウブは「花菖蒲」となります。わかるのは綾目くらいで後は意味不明。
杜若(とじゃく)と菖蒲(しょうぶ)という、まったく別の植物の漢字を誤用してしまったようですが、燕子花については良くわからず、もう調べる気も起きません。
ですから漢字は使わず、かなで書くのが間違いないのです。

で、簡単な見分け方は、花の基の部分が白い三角のがカキツバタ、黄色い三角のがハナショウブ、綾目模様がアヤメです。
もう一つ、水の中で咲くのがカキツバタ、乾いた地面を好むのがアヤメで、その中間がハナショウブです。上の画像で左から順に、カキツバタ、ハナショウブ、アヤメです。
どの花も好きですが、あえて言えばハナショウブです。
カキツバタは、紫と白のコントラストが「凛々し過ぎ」、またあやめは、綾目模様が「うるさい」し、花びらが薄紙のようです、ハナショウブの紫と黄色の組み合わせが「ちょっと色っぽい」と勝手に思っています。..

でも昔からもてはやされたのは、カキツバタで、古くは万葉集で読まれ、また伊勢物語では、在原業平が、カキツバタを句の頭に読み込んだ歌があります。
 ら衣 つつなれにし ましあれば るばる来ぬる びをしぞ思ふ

また尾形光琳のカキツバタ図屏風(これはなぜか燕子花と記されます。)は、池に咲くカキツバタの圧倒的な描写です。古来、芸術文化の点ではカキツバタの独り勝ちでしょうか?

この画像は花の百名山の「入笠山」の湿原に咲くノハナショウブです。
⇒入笠山の薪ストーブ  http://home.q08.itscom.net/ryo-tai/makistove/index.htm
園芸種であるハナショウブの原種です。
nohana7b.jpg



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栽培植物のエネルギー変換効率

植物は光合成によって有機化合物を作り出しますが、これは太陽光エネルギーを、有機化合物の化学エネルギーに変換することを意味します。
その変換効率は、複雑な変換の、どの段階をいうのかにより、数値が異なりますが、トウモロコシ、イネ、サトウキビなどの効率の高い植物では「5%」一般的な植物では「1%」程度という数字が一つの目安とされているようです。
この数字を単に、エネルギー変換効率と捉えると、太陽光発電の「15%」超の効率と比べても、随分低いものですが、光合成では「変換装置自体」を、そして何よりも「生命」を自前で作っているのですから、比較することに、さして意味はないのです。

さて、現代農業では別の変換効率の測り方があります。すなわち農作物に投入された(人工的)エネルギーと、産出された農作物の持つ(化学)エネルギーの比率です。
これで見ると、高度に工業化された米国の穀物では、2とか3といった数字になるようです。すなわち、投入エネルギーが「1」に対して、産出エネルギーが「2~3」ということです。

投入エネルギーは農業機械、化学肥料、そして農薬などに使われるエネルギーの総量です。
すべての投入エネルギーを計算するのは随分込み入って面倒で、算出結果も幅があるのですが、いずれにしても低い数値です。
しかし、トウモロコシから作るエタノールでの比が、1になるかならないかと議論されるということを鑑みても、さほど、かけ離れた数値ではないようです。
因みに現代農業以前では、10とか20といわれます。投入されるエネルギーは、主に人と牛馬だけでしたから、殆ど自然の恵みだけで農産物は作られていたわけです。

日本のコメ作では、この比率はさらに、ぐっと下がって、「0.2」とか「0.4」なんて、1桁違う数字ですが、こちらも「当たらずといえども遠からず」のようです。
コメ作は、もはやエネルギーを生み出すのではなく、エネルギー多消費の付加価値産業になっているのです。かといって、米国型の農業を日本で実践するのは不可能です。
米国型農業は、栽培に適した気候、広大で平らな大地、高度な農業技術、そして安価なエネルギーのどれが欠けても成り立たないのです。

米国型農業が生み出す安価なトウモロコシ。牛や豚、鶏などの畜産物の主な飼料に使い、またスナック、ジャンクフードを始めとして、ありとあらゆる食品の原材料に使われています。米国人はその身体の50~60%が、「トウモロコシ由来の炭素」で構成されているということです。たとえ、一粒のトウモロコシも口にしなくてもです。
1キロカロリーの肉牛を食することは、10キロカロリーのトウモロコシを間接的に摂取するという具合に、トウモロコシ由来の炭素が、ヒトの身体を構成しているのです。
日本人も米国人ほどではないにしても、トウモロコシ由来の食品を多量に摂取しています。

トウモロコシへの過剰な依存を減らすにはどうしたらよいか。
牛などの畜産物を食べるのを減らして、コメ食を増やし、主食の座に戻したらどう?
牛からコメに変えれば、トウモロコシへの依存度が大きく減るのでは?
でも、トウモロコシへの依存度は減るものの、投入エネルギーについては変わらないのです。エネルギー多消費で、つとに批判されている肉牛の投入エネルギーと産出エネルギーの比を計算すると、「0.2」ほどということなので、何と日本でのコメ作と、同レベルの数字なのです。だったら肉食うぜ!となるのは必定かも。

牛肉からコメに変えて、トウコロコシ(由来)人間ではなくなっても、化石燃料への過剰な依存は変わらない...何とか、コメへの投入エネルギーを減らしたいものですが... 

さらには、日本の野菜の投入/産出エネルギー比は「0.02」という、コメを1桁下回る絶望的な数字です。まあ、これはある意味、仕方ないという見方もできます。
野菜といってもいろいろで、イモ類のようにエネルギーの大きいもの、葉野菜のように殆どないものなど、それぞれの数値があって、一緒には出来ません。
そもそも、多くの野菜はエネルギーを摂取するためよりも、それ以外の必要な物質の摂取が目的で、また果物などは嗜好的な味覚のために食されるのですから、エネルギーの多寡はあまり意味を持たないのです。まあ、甘いものはエネルギー多いんですが...

野菜の投入/産出エネルギー比は、穀物ほどには問題にならないのかもしれません。
しかし、エネルギー比が問題にならなくとも、投入エネルギー自体が大きいことは事実。
これを減らすことはコスト面のみならず、エネルギー資源の面で、大変大事なのです。
エネルギー使用を大きくしているのは農薬、化学肥料、農業機械の3セットに、ハウス、温室などの施設、光熱費などなどです。

最近注目を浴びている植物工場は、どうでしょうか?
どう頑張ってもエネルギー消費の増加は避けられません。何しろ、大掛かりな施設に、様々な機器、そして太陽光を使わず、人工の光まで使うのですから...
それよりも、もっと差し迫った問題は、日本の植物工場の多くは、黒字経営になっていないということです。高コスト、販路や安定供給の問題、市場動向に左右される立場などの課題に加え、他業種からの参入も多く、全体的にまだ栽培のノウハウも確立していないなど、厳しい状況が続いています。将来的には期待できるのでしょうけれど、そうなると、さらにエネルギー消費が多くなるのかも知れません。
果物に習って、エネルギー消費なんて問題にもならないくらい付加価値の高いプレミアム商品を作ることが残された道なのでしょうか?1個何万円のトマトとかね?

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冷暖房のいろいろ

あまり梅雨の実感もないまま明けてしまいました。もうエアコンをフル稼働なんて人も多いと思います。ひと頃のように冷房温度を28度℃に設定しようなんてキャンペーンは見かけず、冷房をしっかり使って熱中症を防ごうという方が多いようです。

部屋の冷暖房の方法は、熱をどうやって伝えるかによって分けられます。
熱の伝わり方には、伝導、放射(輻射)、対流の三通りがあります。
「伝導」は温度の高い物体から低い物体へ、直接に熱が伝わるものです。熱伝導性(伝導による熱の移動のしやすさ)は、固体、液体、気体の順になります。
「放射」は電磁波の赤外線領域で熱が運ばれる現象です。電磁波は波長により、異なるエネルギーを持ちますが、赤外線は熱エネルギーを持ちます。電磁波ですから、真空でも光速で伝わり、また物体に当ると一部は反射するという、光の性質を持ちます。
すべての物体は赤外線を放射しています。人体も36度℃ほどの赤外線を放射しています。
放射は伝導のように、熱の高い物体から低い物体へ一方的に移動するというよりも、それぞれの温度の赤外線を放射していて、その間で熱交換をしているという原理です。
冷蔵庫の扉を開けると、ひんやりと冷気を感じる、つまり感覚的には熱を吸い取られるというような感じです。
「対流」は液体や気体などの流体において、何らかの力による流動で熱移動が生じる現象です。流体内の温度差によって、比重などの不均質性が生じて、重力によって起こされる流動で熱移動が生じる現象を自然対流といい、ファンやポンプなどの機械的な力によって起こされる熱移動を強制対流といいます。
この3つの熱の伝わり方を、それぞれ利用した冷暖房システムが使われているのです。

①まずは伝導です。床暖房が代表でしょう。床暖房は床を温水や電熱で温めて、床に触れる足裏や尻に熱を伝えます。
ただ実際は伝導だけではなく、床からの放射と、熱伝達(固体の熱が流体に伝わること)された空気による自然対流を含んだハイブリッド暖房と考えたほうが良さそうです。
このハイブリッド暖房は、じわっと熱が伝わって心地良いのですが、設計・施工を上手くしないと床下に熱が逃げてしまって、大変効率が悪くなるので、要注意です。
また床冷房というのは、あるようですが、どこで使われるのでしょうか? 足裏だけ冷やしてもねえ...その他、伝導で使われるのは、電気毛布とか、カイロ、保冷剤など局所的なものになりますが、房つまり部屋を温度調節するという規模ではありません。

②次に放射です。放射で暖房に使われるものは、薪ストーブや電気ストーブ、パネルヒーター、囲炉裏やコタツなど多岐にわたります。昔は暖房といえば、殆どこの方式でした。
日光による放射も忘れてはいけません。太陽エネルギーの半分は赤外線なのです。
放射による冷房は、それほど多くはありません。昔は川辺の水の流れや、打ち水からの放射を利用たりしました。たらいに氷を置くなんてのもありました。

現代の新しい放射冷暖房は(輻射冷暖房というほうが多いようです)、壁面や天井にパネルを設置してパネル内に温水(冷水)を流して暖め(冷やし)、パネルから温(冷)熱を放射させるというものです。パネルの前に人が位置すると、人の体温の放射と熱交換を行い、人は温かさ(冷たさ)を感じるわけです。
パネルを使った放射式冷暖房は空気をかき回すことなく、また比較的室温に近い温度なので、人体への刺激が少なく、自然な感覚に近いというメリットがあります。
しかし、パネル面積が小さいと、周囲の壁や天井、床からの放射に負けてしまいます。
大きなパネルに温水や冷水を流すと、設備も大型になり、またコストもかかります。

③そして対流です。対流が冷暖房に使われる代表的な例は、ファンヒーターやエアコンなどです。発生させた熱(冷熱)で空気を暖め(冷やし)、ファンなどで強制対流させます。
ところが対流式に使われる媒体の空気は、熱を伝えるのは、ちょっと苦手なのです。
熱を伝えるのが得意な水に較べると、空気の熱伝導率は100分の1、熱伝達率は100分の1、そして比熱は4000分の1と極端に小さいのです。
(熱伝導率は物質内で熱が伝わるときの、また熱伝達率は、固体の熱が流体に伝わるときの熱の伝えやすさを表しています。比熱は単位重量の物質の温度を、1度℃上げるのに必要な熱量のことです。)

熱を伝えるのが得意でない空気の対流によって充分な熱を伝えるには、空気の量を増やすか、温度を高く(低く)する必要があります。
暖房で空気の量を増やす、すなわち風量を多くすると、人体に不快なため、送風温度を上げると、悲しいことに空気は軽くなって上昇し、天井を暖めるだけになってしまいます。
また冷房では、送風温度を下げると、これも不快に感じます。エアコンが嫌いになるのは、この風量と送風温度の調節が上手くいかない場合が多いのです。

このように空気を運ぶ対流式の冷暖房は、欠点も無視できないのですが、その代表であるエアコンは、日本では一部の寒冷地を除いて、今や主役の座にあります。
その理由は「ヒートポンプ」という、エアコンの仕組みにあります。
ヒートポンプは、熱を「低いほうから高いほうに移動する」という、一見、熱力学の法則に反する魔法のような?方法で、消費したエネルギーよりも多くのエネルギーを集めて冷暖房を実現します。
でも熱力学に反するものではなく、熱媒体の気化熱および凝縮熱を用いて、周辺環境中の空気や水などと熱のやり取りを行って移動する巧妙な方法です。最近の技術では、投入エネルギー1に対し、移動したエネルギーが、5~6なんて驚きの数字のようです。

このエネルギー効率の良さと、冷房と暖房の両方に使えることから、エアコンが主役になったわけです。ただ特に寒い地域では、エアコンが効かない現象が起きます。エアコンは外気から熱を奪って室内に投入しているので、外気温が低くなると、充分な熱が取れなくなって効かないということになるのです。
またエアコンは冷房がメインで、重い冷気を上から下に向かって落とすのが効率的なため、設置場所を天井または壁の上部にすることが多く、暖房に切り替えた場合、これが大きな弱点になることは前述したとおりです。これを解決するには、夏は天井ないし壁上部に、冬は床もしくは床下に設置場所を移動しなければならないという非現実的なことになります。

ということで、放射パネル式もエアコン対流式も、一長一短なのです。
では、放射式と対流式を組み合わせれば、両者の長所を生かすことが出来るでしょうか?
実は人間にとって、周囲の空気温度と放射温度は、同じ温度であることが最適なのです。
快適な温度が24℃の場合、空気温度と壁床天井の温度が、それぞれ24度℃であれば最適ということです。空気温度と放射温度は、半分ずつ体に影響を及ぼすわけです。
なのに、エアコンだけですべてを賄おうなんて策がなさすぎ? それでOKの例外的な地域もありますが、日本の多くの場所ではもう少し、工夫の余地がある筈です。

では、どんな設備を組み合わせれば、理想的冷暖房システムが出来るのか?
冷房は天井の(冷房専用)エアコンと、出来れば壁パネルの放射冷房の併用を、そして暖房は壁パネルあるいは薪ストーブなど、多彩にある放射暖房と、床暖房による自然対流もしくは床置きの低温のファンヒーターによる強制対流暖房の併用という具合です。ほかにもあったかなあ? おっと!日射による放射も忘れてはいけません。

こうなると、少なくとも3種類以上の冷暖房システムが必要で、詳細な設計・施工と、また当然費用対熊効果比検討も重要になります。効率的で快適な冷暖房を実現するには、一筋縄ではいきそうに無いというのが、今回のあまりしまらない結論になりました...

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エネルギーはリサイクル出来ない

リサイクルやリユースは、人間の生産活動が、地球環境に与える影響を減らすため、資源の生産性を高め、資源を再生、再利用し、そして廃棄を最小にする目的で行われます。
しかし資源の中でも、エネルギーは、リサイクルができません。
利用するにつれて、どんどんと拡散していって、お仕舞なのです。

確か「エネルギー保存の法則」とかあったよな? エネルギー使っても無くならないんじゃあないの? その通りです。消えはしないけれど、使えなくなるのです。
「エネルギー保存の法則」は「閉じた系の中でのエネルギーの総量は不変である」というもので、物理学の様々な分野で扱われますが、特に熱力学におけるこの法則は、熱力学第1法則 と呼ばれ、熱力学の基本的な法則となっています。やっぱり無くならないじゃん!

ところがどっこい、この第1法則に続いて「熱力学第2法則」があって、それは「物質やエネルギーは、自発的な変化に伴なって、非可逆的(一方向的)に、その乱雑さが増大する」というものです。
熱エネルギーは、高い方から低い方に移り、また水の中に落としたインクは拡散し、その逆はないということです。
そしてその非可逆的過程で、熱エネルギーやインクは、その乱雑さが増します。
これを、「エントロピー増大の法則」ともいいます。エントロピーは、乱雑さ、ゴミ化具合を表し、それが「非可逆的」に増えていくということです。(但し不可逆とはいっても「自発的には」ということで、外部から力を作用させることで、戻すことは可能です。)

乱雑化したエネルギーは、もはや利用することはできず、捨てられるだけとなります
つまりこの法則は、物質やエネルギーは、決して消えて無くなりはしないけれど、乱雑化し、ゴミ化し、それを利用することが出来なくなるということを意味しています。

さて人間の経済活動は、資源とエネルギーを使って、物を生産し、利用し、廃棄します。
生産という行為は、エネルギーを使って、物質の性質や形態、純度や密度を変えることです。したがって経済活動は、「エネルギー」エントロピーと「モノ」エントロピーを大量に増大させ、そして捨てているのです。
リサイクルは、乱雑化したモノエントロピーを元の状態に戻すことを意味しますが、それには必ずエネルギーを使い、エネルギーエントロピーを増大させるのです。
水に溶けたインクを元のインクに戻すには、エネルギーの消費とエントロピーの増大が伴います。リサイクルを考慮するうえでの大事な点です。
また冷えて拡散した熱を掻き集めて、元の状態に戻すことは、出来なくはなくても、利用した以上のエネルギーを必ず使い、無意味以上に無駄です。
エネルギーは、リサイクルできないのです。

20世紀、経済活動は、石油というエントロピーが小さく、エネルギー密度の高い資源を利用することによって飛躍的に発展しました。石油はエネルギーとして、そしてプラスチックに代表される石油化学製品として工業文明を支えました。
エネルギーとしての石油は、自動車や火力発電に代表されるように、主としてその化学エネルギーを、熱エネルギーに変えて利用されます。資源としての石油はその化学的性質や、形態、密度や純度を変えて、さまざまな工業製品になります。
人間の生産行為はどんどんと、物質やエネルギーのエントロピーを増大させ、乱雑化し、ゴミにして地球上に捨てています。

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エントロピー増大の法則は、生物システムにも適用されます。
生物は、外部からエネルギーと物質を取り入れ、そして熱とモノのエントロピーを外部に排出して、自身の体内(エントロピー)を、一定の状態に保持しています。
これを地球生態系システムで見ると、生態系は宇宙空間より、太陽エネルギーを取り入れ、そして宇宙空間へ熱エントロピーを捨てています。
物質は、生態系の物質循環システムにより、モノエントロピーは一定に保たれます。
熱エントロピーは、宇宙空間へ放出されるので、したがって生態系のみならず、地球全体の熱とモノのエントロピーは、一定の状態に保持されることになります。

ところが、人間の生産活動は、生態系の物質循環システムで処理できないモノエントロピーを大量廃棄してゴミの山を築き、また宇宙に対して開放系であった熱放射システムを損なわせ、熱エントロピーの排出を妨げた結果、温暖化という現象を招く事態に至ったのです。
モノのエントロピーは、目に見えるものは、廃棄物として解りやすいのですが、二酸化炭素など大気中に放たれるものは目に見えません。水に排出されるものも、流れて消えます。
熱エントロピーも、大気や水の中に放たれるから見えないのです。見えなくなれば、ゴミは、ひとまず「ない」と錯覚します。
しかし大気汚染や温暖化、ヒートアイランド、水汚染、放射性廃棄物の蓄積など、「見えなくとも解る」ものが、たくさん出てきました。エントロピーが、見える化しているのです。

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家電リサイクルと課題

ペットボトルのリサイクル率は8割を超えて、リサイクルの代表のような存在ですが、その雲行きが怪しくなっています。実は回収されたペットボトルは、日本でリサイクルされるのは半分で、残りは中国に輸出してリサイクルされていたのですが、中国が環境汚染を理由に、輸入を停止したため、日本国内に処理されずに溜まる一方となっています。
もともとペットボトルのリサイクルは、果たして有効なのか、常に議論の的でしたが、ここにきて俄かに、その問題が顕在化してしまったといえます。
また最近、引越し業者が顧客から引き取ったエアコンを、スクラップ業者に売却していたというニュースがありました。家電製品のリサイクルも課題がありそうです。
で、今回は廃家電リサイクルについて...

家庭から出る廃棄物のうち、いわゆる資源ゴミは、紙類やペットボトル、ビン・カン類など、日用品の廃棄物で、自治体が回収してリサイクルされますが、それ以外のリサイクルは家電製品が主で、大きく分けて「情報機器リサイクル」、「特定家電リサイクル」、「小型家電リサイクル」の三つがあり、どれも(今のところ)自治体の関与が少ないものです。

①「情報機器リサイクル」
パソコン、ディスプレー、スマホ等のリサイクル・リユースです。
無料ないし有料でリサイクル業者が行っています。また製造業者が、PCリサイクルマークがついた製品については無料で、ついていないものは有料で行っています。さらに後述の「小型家電リサイクル」で回収を行う自治体もあります。
リサイクル業者の団体、情報機器リユース・リサイクル協会(RITEA)によれば、2016年に、これらの情報機器がリユース(再利用)された台数は370万台、またリサイクルでの回収台数は139万台余りです。情報機器はリユースの率が大きいのが特徴で、その内パソコンは6割を占めています。
2015年でのリサイクルでの資源再利用率は92%、リサイクル量は9750㌧になります。
その殆どは鉄や銅ですが、金銀などの貴金属が3㌧、またコバルト、パラジウムなどの希少金属も3㌧余り回収されました。また再利用部品には788㌧が活用されました。
情報機器はリユースの割合が高いため、リサイクルを含めた全体のエネルギー消費や環境汚染などの問題も比較的少なく、リサイクルにおける課題が少ない例だといえます。

②「特定家電リサイクル」
テレビ、エアコン、冷凍庫・冷蔵庫、洗濯機・乾燥機の4品目です。
家庭から排出されるこれらの家電は、小売業者が収集・運搬を行い、製品を製造、輸入する業者がリサイクルを行います。消費者は収集・運搬そしてリサイクルの料金を支払います。
家電製品協会(RKC)によれば、2016年のリサイクル処理台数は、1100万台で、リサイクル率は、エアコンでは92%、ブラウン管テレビが73%、液晶テレビが89%、冷蔵庫・冷凍庫が81%、洗濯機・乾燥機では90%に達しているといいます。再資源化された重量は40万㌧で、鉄、銅、アルミやプラスチックが主体です。またフロンが1700㌧回収されました。

特定家電リサイクルでは「製造者」がリサイクルを行っています。
製造者がリサイクルを行うメリットは、製品がリサイクルしやすいように、あるいはリサイクルコストがかからないように、もしくはリサイクルで利益を上げることが出来るように、設計・製造・運送・販売・使用・回収のすべての段階で、総合的に計画し、実施を行えることにあります。自社でリサイクルしなければならないため、できるだけ効率的なリサイクルを行うインセンティブ(誘引)が働きます。

リサイクルの方法も、プラスチックはプラスチックに、金属部品は鋼板やアルミ板に、そして、レアメタルやレアアースも同様に回収して、また部品を作る材料にします。
このような「部品から同じ部品に」再生する方法を「水平リサイクル」と呼んでいます。
水平リサイクルの目標は、新しい天然資源の利用率を最小化することに置かれています。100%リサイクルすれば、資源を回して使うことにより、新たに資源を必要としないで、製品を作ることが出来る理屈です。

しかし、仮に100%リサイクルできたとしても課題があります。
部品→原材料→部品というリサイクルは通常、エネルギーを多く消費するやり方です。
部品→原材料の段階でエネルギーを使い、そして原材料→部品の段階で、またエネルギーを使います。部品は部品にリサイクルできても、使ったエネルギーは元には戻らない、つまりエネルギーはリサイクルできません。資源の有効利用と同時に、エネルギーの有効利用も大事なのです。エネルギー消費も含めた、総合的なリサイクルの構成が必要です。

一方で、このリサイクルのルートに乗らないで、リユースされたり、輸出される廃家電が全体の半分と推計されていて、さらには、無許可で回収を行う業者、廃棄物回収をうたって町を流す軽トラ、前述のような引越し業者による違反ルート、あるいは小売業者による横流し、不法廃棄などが後を絶たないのが、悲しい現状でもあります。

③「小型家電リサイクル」
2012年に制定された「小型家電リサイクル法」により、特定家電に該当しない小型の電気製品が対象になりました。また従来、情報機器リサイクルで行われていたパソコンやスマホなども、小型家電として回収されることが可能になりました。
小型家電リサイクル法の狙いは、第一に貴金属や希少金属の回収にあります。最近よく言われる「都市鉱山」からの採掘というわけです。
日本国内の都市鉱山には、金が約6800㌧(世界の埋蔵量の約16%)、銀は約6万㌧(世界の埋蔵量の約22%)もあるそうです。ちょっと信じがたいですけど...

また特定家電と違って、リサイクルを義務付けず、費用負担も求めない制度という特徴があります。都市鉱山からの豊富な金属類の回収により、「料金をとらずに採算のとれるリサイクル」を目標としているわけです。
試算では全体の20~30%をリサイクルすれば、事業者の採算がとれ、また主要20品目の30%をリサイクルすると、自治体での処理コストが8億円削減できるとされています。
製品の回収は主として自治体が行い、リサイクルは許可を受けた認定業者が行います。

因みに2020年東京五輪で授与される金銀銅メダルを、都市鉱山から作ろうというプロジェクトが始まっています。必要なメダル数は5000個ほどを作るための原材料は、金が10Kg、銀が1270Kg、銅が760Kgということです。え!金これだけ?何で銀だけ突出しているの?
実は金メダルの中身は、ほとんど銀で出来ているので、銀が多量必要なのです。
これだけの金属を都市鉱山で集めることが出来るのか?
小型家電リサイクルによる2015年度での回収実績は6万6千㌧になります。
そしてそこから金は214kg、銀は2.5㌧、銅は1466㌧が再資源化されたということです。
金と銅は十分な量ですが、銀は製造工程でのロスを考慮すると、必要量の半分しか達していないとのことです。もっと小型家電の回収を増やすしかないようです。

小型家電製品は、リサイクルが採算に乗るとは思えないようなものが多く含まれています。
金や銀の回収で利益出して、その抱き合わせで、価値の低い材料も採算に乗せれば具合良いのですが、ただ廃棄するのがベストなモノも?
リサイクルの方法も、これまでのように部品一個ずつ外してなんてことは、やってられないから、全部一緒くたにして、磁力や遠心力、比重、溶融やら種々の方法で各種素材を抽出するという、いわば装置産業化した方法が必要とされます。鉱山の採掘という言葉通りです。

小型家電リサイクルは現在のところ、まだ採算ベースに達していません。年間11億以上の台数が廃棄され、その多くが自治体により、焼却・埋め立て処理されています。
2015年度の回収実績は6万6千㌧で、目標の14万㌧の半分にも達していず、また目標値自体も低く設定されています。特定家電リサイクルの回収量の40万㌧に比べて、目標値も実績も大変低い理由はどこにあるのでしょうか?

*特定家電はメーカーや販売店にリサイクルを義務付けているのに対して、小型家電は自治体や販売店の自主的取り組みによるため、広がっていない。
*特定家電は大きすぎて捨てられず、消費者は買い替えの配達時に引取りを依頼する一方、小型家電は小さいので、いつでもどこにでも捨てることが出来る。またスマホなど機密に関する懸念もあって、自宅の机の引き出しに溜まっているケースも多い。
*小型家電の回収は、量販店や公共施設に設置した「回収ボックス」や地域にある「ゴミステーション」そして不燃ゴミや資源ゴミ等から清掃工場で選別する「ピックアップ回収」などによりますが、その数も少なく、また消費者にリサイクルの仕組みがよく伝わっていないこと、どう処理すればよいのかわからないこと、そしてたとえ知っていたとしても、面倒で回収ボックスに持っていかない。

というようなことで、家電製品のリサイクルは、それぞれ課題があります。
今まではともかく「リサイクルする」ということに力が注がれ、先輩格の資源ゴミにも顕著ですが、それが自己目的化していたきらいがあります。何でリサイクルするのかという、本来の目的に沿ってリサイクル全体を再検討する期にあります。

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ズミの花咲く

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高原の爽やかな風に揺れるズミ(酸実)の花。ズミはバラ科リンゴ属の落葉小高木です。

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カイドウ、リンゴ(バラ科リンゴ属)やナシ(バラ科ナシ属)に似ることから、ヒメカイドウ、ミヤマカイドウ、コリンゴ、小梨、などとも呼ばれます。

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牧場に並んで植えられたズミの花が満開です。

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