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常温核融合の宴の後

「大陸移動説」が当初は科学界で否定されて、その後長い時間をかけて花開いたのに対して、好対照を成すのは「常温核融合説」です。最初は熱狂的に迎えられたものの急速にしぼみ、そして否定され、ついには疑似科学とまで言われ、消えていった説です。

核融合は太陽を始め、大方の星で恒常的に行われている現象です。
ほとんどの星は一番簡単な元素である水素が大部分を占め、そして水素の次に簡単な元素のヘリウムがずっと少ない割合で構成されています。星はその重力で中心部は超高温、高圧で、水素もヘリウムもプラズマ状態で高速で運動していて、衝突を繰り返しています。
それらの一部は衝突のエネルギーが大きくなって原子核が融合し、重水素やヘリウムになり、このときに大きなエネルギーを放出します。これが太陽や星が輝く理由です。
この原理は早くから知られていて、その成果が水素爆弾というわけです。
また核融合のエネルギーを制御したり、利用できるように、もっと穏やかな核融合を実現したいというのが世界的な研究目標で、現在も研究が続けられています。
核融合は厄介な放射性廃棄物を大量に作り出すことなく、電力を作る可能性があるからです。
現在利用されているウランの核分裂が、大量の廃棄物を生み出しているのと対照的です。

核融合はその原理は良く理解されているため、研究のほとんどは「核融合反応が起こるほどまで、陽子を近づけるための高温を作って持続させること」に集中していました。
そんな中、1989年に米ユタ大学の2人の化学者が、パラジウムと白金の棒を重水の中に入れて両電極間に電流を流し、そのエネルギーよりもずっと大量の「過剰熱」が、パラジウムから発生したと報告しました。パラジウム電極に重水素が集中していて、核融合反応が起きたと説明したのです。

大規模な実験装置や高額な費用を使わず、簡単な実験装置で核融合が実現できるというこの報告は、すぐに批判から賛同まで広範囲の反響を世界中の研究者、学界のみならず、メディアから政治経済界にまで及ぼしたのです。
多くの科学者が自分の研究を放り出して実験装置を作り、常温核融合の再現に没頭しました。

ところが数多くの追試が試みられたものの、ほとんどは過剰熱の確認ができず、過剰熱の観測に成功したという実験でも再現性は低かったのです。
核反応を示唆する若干のデータも得られたのですが、全体的に評価されるには至りませんでした。
最初の発表から4ヵ月後には、米エネルギー省に指名された委員団が、「常温核融合が発見されたことを証明する確かな証拠はない」と表明し、その後も多くの批判は続き、そして学会の権威者を含めた大勢から全面的に否定されることとなったのです。

ついには疑似科学扱いされ、一時は今世紀最大の科学スキャンダルとまで称されました。
この一連の騒動の背後には、発表者たちの極端な秘密主義や、すでに知られていたミューオン触媒核融合を研究していた科学者との研究の先取権争い、研究資金の獲得競争、化学者と物理学者の対立、マスコミの暴走、ユタ州とユタ大学の財政難を解消するための大学当局の政治的策謀など、科学とは無関係な多くの、あまりきれいとはいえない、また聴きたくもない人間的社会的な出来事が挙げられています。

余談ですが、おりしも当時の日本ではバブル経済が崩壊する時期にあたります。両者には何の関係もないけれど、大騒ぎして泡と消えたということは全く同じです。
常温核融合の話は新聞に連日掲載され、メデイアを大いに賑わしたことは鮮明に記憶しています。

疑似科学やイカサマの格好の餌食になった常温核融合。科学界からは泡と消えた筈が、ところがどっこい、その後、研究は下火になるものの、国際常温核融合学会などを中心に少数の研究者が研究を続けていました。そうした研究者たちの研究の継続により、説得力のあるデータの蓄積も進み、主要な論文の一部は査読を通った論文として科学誌に掲載されることとなっています。一方で「ネイチャー」、「サイエンス」などでは、常温核融合関連の論文掲載を拒否しています。
ひょっとすると復活する可能性がないわけではない?
ただし、それは最初に発表された夢のエネルギーを生むようなものではなく、特殊な限定された現象、あるいは違う原理による現象である可能性が高いものと考えられ、またそれであっても、まだ先の長い地道な努力が必要な研究ということのようです。


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大陸移動説が認められるまで

宇宙の始まりなどという人知を超えた現象を、人は知力を尽くして解き明かそうとします。
ビッグバンやインフレーションなどの、遥か遥か遠い昔の出来事を今、確認しようとするのです。
同じように地球での過去の現象を解明しようとして、しかもその理論が発表されてから認められるまでに、長い月日を要した例に「大陸移動説」があります。

南アメリカの東海岸とアフリカの西海岸を比べると、地形の形状がよく似ていて、もともと接近していた、あるいは繋がっていたのではないかと思いつくのは不思議ではありません。
しかしこのアイデアが理論として提出され、そして証明されるまでには、多くの研究、そして測定・観測技術の進歩が必要でした。

1912年に地質学者のウェーゲナーが、両大陸の海岸線だけではなく、大陸棚の端の形状の比較、世界中の大陸と海底の海抜レベルの比較、そして両大陸から出土した化石の比較等々、単なる海岸線の比較以上の研究結果を積み重ねて「一つの大陸が別れて移動した」との発表を行いました。

そのときの科学者達の反応は様々だったそうですが、その中でハロルド・ジェフリーズという学者が、大陸がその下にある物質の抵抗に逆らって動くために必要な力を計算し、移動は不可能であるとの結論を出しました。この計算は極めて見事な数学であったこともあって、大陸移動説否定の根拠となりました。ウェーゲナーの理論は「大陸移動のメカニズム」を欠いていたため、「移動しないメカニズム」に勝つことが出来なかったのです。

しかし大陸移動説は消え去ることはなく、アーサー・ホームズによる「大陸下の層の熱対流による移動説」すなわち、後のマントルの移動に繋がる説などが唱えられ、細々ながら生き続けたのです。

第2次大戦後、エレクトロニクスの飛躍的な進歩が起きて、地殻あるいは内部の構造の解明が進むことになりました。微弱磁場の測定によって、両大陸の古い時代の磁場が同じ方向を向いていることが測定され、また音響測深やその他多くの技術などによって、ついにプレートテクトニクス(岩盤の動き理論)がもたらされました。
地球の表面は何枚かの固い岩盤(プレート)で構成されていて、このプレートの下で、マントル(覆いという意味で、地球の核の外側を覆い、地殻の下に存在する)が対流していて、このマントルに乗って、プレートが互いに動いていると説明されたのです。
1970年始めには、プレートテクトニクス理論は確立されたものとなり、ウェーゲナーの大陸移動説が新しい形で復活したのです。その間50年余りを要しました。

この事例は多くのことを示唆しているようです。
これまでの常識を覆すような理論が現れたとき、結論を下すには不十分と思われる説を、一気に受け入れることはないという科学界の保守性。
にもかかわらず、これを即座にはねつけようとはせず、高度な証明が現れるまで判断を待とうという、開かれた姿勢。
科学理論が正しいか否かの判断は、特定の方法があるわけではなく、科学者集団の不断の検証、反証を通じて、科学者間で妥当であると支持されるかどうかによること。
科学者の間にも、ジェフリーズのような真摯な反証がある一方で、「勝手気ままな想像の産物」とか「専門家でない意見」といった、あまり論理的でない、感情的な批判があって、科学者の世界も、普通の社会とあまり変わらないということ、などなど...

大陸移動説は、カエルの子が王子様になった好例ですが、そうならなかった例も数多く、というよりずっと多くあります。1989年に発表された「常温核融合」は、まだその記憶も生々しい例です。
これも多くの教訓を残したようです。 

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マントルの探査

海洋研究開発機構の調査船に、「ちきゅう」という大きな深部探査船があります。
この船の主たる目的は、海底下の岩盤数千メートル下のマントルという層まで掘り下げて、地殻の構造を探り、大陸移動や地震、火山活動のメカニズムを探ることにあります。また海底下の生命体の探査なども目的としていて、要するに大変アカデミックな科学探査のために作られました。

この船は、他の船と比べると大きさがわかります。下の画像は三つの船のプラモデルを並べたものです。上が「ちきゅう」で、真ん中が砕氷艦「しらせ」です。そして一番下が、かの砕氷船「宗谷」です。
因みにしらせは海自所属の船なので「艦」と呼ばれます。宗谷は海保所属の「船」です。
しらせは排水量1万数千トンの、いわば普通の大きさの船ですが、それと比べると、「ちきゅう」の大きさがわかります。宗谷はなんとも小さく、笹舟といいたくなるようなサイズです。こんな船で南極まで行ったのだから大したものです。実際、南極に行く度に氷に閉じ込められたりで、難儀をしました。
3つの船とも、ヘリポートがあり、ちきゅうは船首に、しらせと宗谷は船尾にあります。

tikyu.jpg

話がそれましたが、「ちきゅう」は海底下の岩盤を何千メートルも掘って、地殻の下にあるマントルを掘削します。マントルは大陸地域で地表下約30~70 km、海洋地域で海底面下約7 km~2,900 kmまでの範囲に広がっている岩石の層で、地球内部の熱によって、流れるようにゆっくりと動いています。その動きは大陸移動や地震、火山などの活動と大きく関係しています。
しかし今まで人類はマントルを見ることが出来なかったので、「ちきゅう」による海底下マントルの掘削は非常に期待されているのです。
なお、「ちきゅう」の活動は「国際深海科学掘削計画」という、多国間科学研究協力プロジェクトのもとに、「ちきゅう」やアメリカの掘削船「ジョイデス・レゾリューション」などの船を用いて共同で行われていて、地球環境変動、地球内部構造、海底下生命圏等の解明を目的とした研究を推進しています。

今回、海底下マントル掘削の前段階ともいえる作業が行われました。
マントルは通常深い地殻下にありますが、地表にマントルが、むき出しになった場所があります。
アラビア半島東部のオマーンには、オフィオライトと呼ばれる過去の海洋プレートが、丸ごと陸に上がってきた岩体があり、その最も下層にかつてのマントルの一部を見つけることができます。
ここで陸上掘削を行いました。深さ300~400メートル掘り、岩石を総円筒状にくりぬき、それを「ちきゅう」と「ジョイデス・レゾリューション」に運び、船上で分析が行われました。
「ちきゅう」にはコンピューター断層撮影装置、蛍光X線分析装置、超電導磁力計などが備えられ、岩石を構成する鉱物の組成や密度、磁性、熱伝導率などの性質が詳しく調べられました。
7月中旬から2ヶ月間、世界から延べ80人の研究者が「ちきゅう」に寝泊りしながら、24時間体制で分析を行ったということです。

「ちきゅう」が竣工したのは、2005年です。それ以来、石油やメタンハイドレート、希少金属などの資源探査などで、注目を浴びていますが、十余年経って、ようやくもっとも重要な探査の準備段階に入ったわけです。


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麹と酵母

「麹」を使った食品が人気ですが、麹って何だ?
そういえば「酵母」なんてのもあったな。どう違うの?
麹も酵母も「真菌」とよばれる分類に属します。じゃあ真菌て何?その前に細胞から。

細胞
すべての生物は「細胞」で出来ています。
細胞の中に細胞核やミトコンドリア、葉緑体などの「細胞小器官」を持つ生物を「真核生物」、これらを持たない生物を「原核生物」と呼びます。
さらにたった一つの細胞の生物を「単細胞生物」と呼び、複数の細胞で出来ている生物を「多細胞生物」と呼びます。真核生物は単細胞と多細胞の生物があり、原核生物は単細胞生物のみで、「細菌(バクテリア)」と、「古細菌(アーキア)」がそれです。
アーキアはバクテリアよりも真核生物に近縁で、DNAの複製やタンパク質合成系といった生命の基幹部分の機構が真核生物に類似しています。

前回の「ミトコンドリア」では簡単に、細菌Bが細菌Aを取り込んで真核生物が出来た、といいましたが、正確にはアーキア(古細菌)と、バクテリア(細菌)の「細胞内共生」によって真核生物が誕生したということになります。そして真核生物が単細胞生物と多細胞生物に分岐し、そこから生物の多様性がもたらされました。

因みにダーウィン以来、生物の多様性の原因は種の「分岐」にあると考えられていました。
しかし細胞内共生によって真核生物が誕生し、そして真核生物が生物多様性をもたらしたのだとすれば、種の分岐ではなく、全く逆の種の「交叉」が、多様性の重要な原因ということになります。つまり進化諸理論のうち、種の分岐にのみ基づいた進化理論は、ここでは成り立たなくなるのです。

真菌
で真菌(Fungus)ですが、真核生物の内、「キノコ、カビ(麹)、酵母」などの生物がこれに当たります。麹はコウジカビとも言われるように、カビの一種なのですね。
真菌は一般的には菌類といわれますが、原核生物である細菌と区別を明確にするため、真菌と呼ばれます。カビでも細菌より進化した生物なのです。
単細胞と多細胞の両方の生物が存在し、麹は多細胞生物で、酵母は単細胞生物です。

麹と酵母
麹と酵母は増殖した後の形態も大きく異なります。麹は糸状菌とも呼ばれ、増殖すると細かい糸がびっしり生えたような形態を作り上げます。
一方、酵母は増殖しても糸状にはならず、光沢のある丸い群落状の形態を作ります。

麹はでんぷんの糖化に優れており、日本では古くから醸造物の生産に役立っています。
日本酒や味噌、醬油は「アスペルギルス・オリゼー」(ニホンコウジカビ)が主に利用されています。
酵母はイーストとも呼ばれ、ブドウ糖を分解してアルコールや二酸化炭素を生じさせますので、酒を作ったり、パンをふっくらさせたりします。
日本酒を作るのにも、酵母は麹と共に使われます。

酒の製造
日本酒は麹と酵母の両方を使います。まず米を麹の働きによってブドウ糖へと分解します。
そして酵母がブドウ糖からアルコールを生成します。酵母はデンプンを分解できないので、麹がデンプンを糖化してブドウ糖を生成するわけです。興味深いのは、このプロセスが段階的に行われるのではなく、麹と酵母が並行して「発酵」作用を行うということです。
因みにビールは、大麦を発芽させ(麦芽に変え)ることでデンプンを糖化し、ビール酵母によって発酵させます。
ウィスキーも、麦やトウモロコシを麦芽で糖化して発酵させますが、その後に蒸留してアルコールを濃縮します。ビールもウィスキーも、日本酒と同じように、まず糖化してからアルコールを作るわけですが、これを「複発酵」といいます。ただし、糖化に麹は使いません。
ワインでは、原料であるブドウ果汁の中に、すでにブドウ糖が含まれているので、こうした糖化の工程が要らない「単発酵」だけを行います。
ここ書いていると、何か止まらなくなりそうです...

最後は発酵について
「発酵」とは、有機物を分解して、生きていくためのエネルギーを得ることです。
その反応で最終的に出来た物質が体外に排出されますが、これが発酵生産物です。
麹も酵母も発酵を行って、日本酒やしょうゆ、味噌などの発酵生産物を作るわけです。
実は発酵を行う生物は、他に沢山あります。
細菌である乳酸菌はヨーグルトを作り、また納豆菌は納豆を作ります。

すべての生物は、なんらかの方法で生きるためのエネルギーを得ているわけですが、その方法は大別して発酵、呼吸そして光合成です。細菌やカビ、麹、酵母などが発酵を行います。
発酵というと何か特別な働きに聞こえますが、仕組みは「腐敗」と同じです。人間にとって有用な場合に限って発酵と呼び、無用もしくは有害な場合を腐敗というわけですね。

麹もカビの一種ですけども、人間にとって有用ですから、麹などとも呼ばれるのでしょう。ただのカビではないぞ!というわけ。麹はまた「糀」とも書かれますが、これは「米糀」で、蒸し米に麹カビをつけて発酵させたものです。ふわふわした白い菌糸が、蒸し米を花のように覆っている様子から、「米の花」という日本漢字が作られたのです。

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ミトコンドリア

地球上のほとんどの生命は、その活動エネルギーを得るために酸素呼吸を行っていますが、酸素呼吸に欠かせないのが、ミトコンドリアという細胞器官です。

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今から15~20億年前、酸素と糖を使ってエネルギーを作る細菌(Aとします)がいました。
あるとき、別の細菌(Bとします)が細菌Aを自分の体に取り込んでしまいました。
細菌Aはエネルギーを作る能力が、細菌Bよりずっと高く、細菌Aを取り込むことによって、Bは今までより、ずっと大きなエネルギーを得ることが出来るようになりました。
また取り込まれた細菌Aも、糖と安定した環境を得ることが出来ることになりました。
何とも手っ取り早いやり方ですね。

細菌Aは細菌Bの一器官、ミトコンドリアとなり、そして細菌Bはミトコンドリアや葉緑体、細胞核などの「細胞小器官」を内蔵することとなりました。
このような細胞を「真核細胞」といいます。そして真核細胞は多細胞化し、「真核生物」として進化したのです。なお、細胞小器官を持たない細胞を「原核細胞」といいます。

ミトコンドリアは真核細胞の一器官ですが、その働きはまるで、独立した細胞のようです。
真核細胞は核にDNAを持っていますが、ミトコンドリアも独自に遺伝子を持っています。
その遺伝子は取り込まれた時に、大部分を失ったということですが、ともかくもミトコンドリア独自の遺伝子を持ち、生物が受精する時、その遺伝子は精子の一部として、卵子の中に入り、そしてミトコンドリアDNAを複写するのです。

「ヒト」の体は、60兆個の細胞で作られています。
その細胞の中には、多くの細胞小器官が内蔵されていますが、もっとも重要なものは、ミトコンドリアです。その数は、1細胞当たり100~3000個で、重さでは、ヒトの体重の1割に達するといいます。
この膨大な数量のミトコンドリアが、細胞の中で、融合したり、分裂をしたり、またミトコンドリア同士で、物質のやり取りをして、共同作業をしているのです。

しかし、細菌Bが細菌Aを取り込んだことは、良いことだけではなかったのです。
細菌Aは酸素呼吸を行う「好気性生物」で、細菌Bは酸素を嫌う「嫌気性生物」なのです。
この性質は、真核細胞とミトコンドリアの関係になっても変わっていないと考えられます。
つまり細胞は「有害な酸素」を空気中から摂取し、ミトコンドリアに届けなければならないのです。
またミトコンドリアが、酸素を使ってエネルギーを取り出すとき、どうしても酸素が外に漏れてしまい、それは「活性酸素」(通常の酸素分子より反応性が高い酸素化合物ないしは酸素原子)となって、細胞に有害な作用をします。
これが老化やガンの原因になると考えられています。また糖尿病や、高血圧、心臓病といった生活習慣病も、活性酸素の増加が引き金になっているといわれています。
大きなエネルギーを獲得した代償ということでしょうか。

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窒素固定とシアノバクテリア

生物ポンプに続いて窒素固定なんて訳のわからない言葉が続きますが、ともに地球生態系の循環システムにおける大事な機能なのです。

生物の体を構成する主な元素は炭素、水素、酸素ですが、ほかに窒素、燐、カリウム等の元素も重要です。植物に与えられる肥料が、この三つなのは良く知られています。
この中で窒素の摂取については、他と変わった特徴があります。
窒素分子N2は、大気の3/4を占めていますが、大変、不活性で安定した元素です。
ほとんどの生物はアンモニア等の化合物にならないと、窒素を体内に取り込むことができません。
ではどうやって窒素化合物が作られるのか?

窒素を、反応性の高いアンモニアなどの窒素化合物に変換するプロセスを、「窒素固定」といいます。
窒素固定は、自然界では、シアノバクテリア(藍色細菌)や、ある種の細菌などの微生物によって行われています。この窒素固定によって、生物は窒素を体内に摂取できるのです。
これらの微生物には、他の植物や動物(シロアリなど)と共生関係を形成しているものもあります。
マメ科植物と共生する根瘤菌は有名ですね。根瘤菌のおかげで、マメ科植物は荒れた土地でも、窒素補給が上手くできるわけです。
また窒素固定は、雷の放電や紫外線により、大気中の窒素が酸化され、これらが雨水に溶けることで、土壌に固定されてもいます。しかし、生物にとって恒常的に窒素化合物は不足気味なのです。
大気中には窒素が山ほどあるのにねえ。

ところで、地球上に27億年前に登場したと見られるシアノバクテリア(藍色細菌)は、約20億年ともいわれる長~い間繁栄した生物です。窒素固定の代謝能力を持ち、大量の窒素化合物を供給しましたが、このシアノバクテリア細菌は、さらに大きな仕事をしました。
光合成を行い、地球の大気に酸素を供給して、現在の大気組成にした主役が、この細菌なのです。
さらには海水中に放出された酸素は、海水中に含まれていた還元鉄を酸化鉄に変え、海底に沈殿させました。またシアノバクテリアが作った構造物であるストロマトライト(炭酸カルシウム)は、石灰岩となって堆積しました。
シアノバクテリアは、地球に酸素をもたらした以外に、窒素固定を行い、酸化鉄鉱床を作り、そして石灰岩を作ったのです。人類が重要な資源としている、鉄、そしてセメントは細菌がもたらしたのです。

シアノバクテリアが支配していた長い間、動物は存在せず、生物の活動は「同化の一方向的過程」で、したがって、物質は循環しなかったといえます。
そのおかげで、現在の地球の生命が存在し、さらにはその廃棄物を人類が貴重な資源として利用しているというのも、随分と皮肉な話です。
そして、現在の安定した循環する生態系の歴史は、そんなに長いものではなく、地球の歴史から見れば、極く短い時間のものということができるのです。

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生物ポンプ

生態系は、「一定の地域の生物種間やそれを取り巻く環境との相互関係が、(特に物質循環とエネルギーの流れに)一定の仕組みと機能を持ったまとまり」、というように定義できます。

地球の面積の3分の2を占める海洋の生態系では、植物プランクトンの光合成によって、表層に溶け込んだ二酸化炭素から有機物が生まれ、動物プランクトンなどの捕食によって食物連鎖がおきます。
そしてそれらの遺骸や糞粒は、海底に沈んでいき、その有機炭素は、中・深層でバクテリアなどの呼吸作用によって分解されて、二酸化炭素となって海中に戻されます。
この海洋表層から中深層へ、生物学的に炭素を輸送する仕組みを「生物ポンプ」といいます。他にも「アルカリポンプ」や「溶解ポンプ」などの、物質の輸送系路があって、複雑な系になっているのです。

しかし生物ポンプは炭素のすべてを戻すわけではなく、その一部と炭酸カルシウムなど(総じて無機炭素という))は、海底に堆積物となって蓄積します。
海洋での生物の炭素は、すべてが循環されるのではなく、深部に貯蔵されていて、数百年といった単位で、海流の上昇に乗って、また表層に戻ってきます。
これは陸上においては、樹木が炭素を貯蔵していて、やはり数十年、数百年単位で無機炭素に戻っていくことに照応します。樹木が海洋深部と同様に、生態系の循環システムの中での「貯蔵庫」といった役目を果たしていることになります。

もう一つ、燐(リン)の循環についてです。
リンは生物に不可欠で重要な成分で、有機リン酸化合物のかたちで生物を循環しています。
有機リン酸化合物は、リン酸塩に分解されて植物に利用されます。
リンの大きな貯蔵庫は、地質時代に形成された岩石などの堆積物です。
これらは次第に侵食されて、リン酸塩を生態系に与えます。このとき、多くのリン酸塩は海に流れ、一部は浅海の沈殿物の中に堆積しますが、一部は深海に沈み、堆積します。リンの化合物は重いので、すばやく沈み、再び陸上に戻ることが困難です。

そのリンを陸上に戻すのに重要な役割を果たしているのが、海鳥と魚です。
深海に沈んだリンは、炭素と同様に海流の上昇に乗って、表層に出てきます。そこにプランクトンが発生し、魚がそれを食し、そして海鳥がその魚を食して、リンが陸上に戻ることになるのです。
ペルー海岸のグアノ堆積は、海鳥の排出物の堆積で、リン酸塩と窒素化合物が豊富です。

光合成と酸素呼吸の、単純な物質の相互変換から、随分と込み入った循環システムになってきました。
生態系は、生物同士による物質交換だけでは、循環システムの成立は困難で、地球の物理的作用を含めた様々な要素で、バックアップやフィードバックを、そしてバッファー(貯蔵)などを構成して、循環を成立させているのですね。

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準天頂衛星みちびき

日本版GPS(Global Positioning System)、全地球測位システムを構築するため、2010年に衛星の初号機「みちびき」が打ち上げられ、技術実証が行なわれてきました。
今年、2号機から4号機まで打ち上げられて、4機体制になり、2018年にシステムを運用開始する予定です。さらに2023年に衛星3機を追加して、計7機体制で運用することになっています。

GPSはアメリカ合衆国によって運用される衛星測位システムすなわち、地球上の現在位置を測定するためのシステムのことをいいます。地球上を回る30機ほどの衛星のうち、4機以上の衛星からの電波を受信して、それぞれの衛星からの距離を測定し、現在位置を特定します。

日本の「みちびき」の特徴は次のようなものです。
①常に日本上空の天頂付近に位置する。 測位に使う衛星はその数が多く、また幅広く展開していることが測位精度を上げる上で大事ですが、GPS衛星が常にそう位置するとは限らず、低い仰角(見上げる角度)にまとまって位置したり、また都市や山間部で周囲が遮られ、使える衛星の数が減ったりします。みちびきは常に日本の上空、天頂付近に位置するように、衛星が「準天頂軌道」と呼ばれる傾斜地球同期軌道を周ります。
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常に同じ位置にとどまる、いわゆる静止衛星は赤道上の軌道を、地球の自転周期に合せて回ることによってのみ可能ですが、日本、例えば東京の緯度(35度)では、その仰角は55度となって、天頂に位置することは出来ません。そこで衛星の軌道を傾けて(地球が静止したときの状態で衛星の軌道を描くと)、8の字になるようにすれば、日本上空の天頂付近に、約8時間ほど留まることが出来ます。したがって、この軌道上に衛星を等間隔に3機配置すれば、日本上空天頂付近に常時、どれかの衛星が位置することができます。地球すべてをカバーするGPSに比べて、日本を含む8の字の限定された地域だけをカバーするRPS(Regional Positioning System)システムです。

②地上局から位置、時間の補正信号をみちびきに送り、精度を向上させる。 地上の基準地点で受信した測位データの誤差を測って、みちびきに送り、それを補正情報として、みちびきからの送信信号に載せることによって、数cm単位の測位精度を実現できます。

7機の衛星による限定された測位システムとはいえ、そのコストは安いものではありません。
コストに見合った使い道がなければ宝の持ち腐れとなります。
実証実験では、除雪作業や農作業での検証などが行われました。
大雪で何処が道か解らなくなったような道路を、除雪車がガードレールに触れないよう、数cm単位で車を誘導して雪をどける作業や、また栽培植物の密集列の間を、数cm単位の精度で作業車が走行して、刈り取りを行う作業などです。

他にも様々な実証が行われて、それなりの有効性が認められたから、実施の決定が下されたのでしょうが、今のところ、決定打に欠くような...
将来期待されるのは、自動車の自動運転です。最近、自動運転では詳細な地図情報や、車のIT化が大変注目されていますが、これも車の位置が数cm単位で、正確に把握されての話。みちびきによる位置情報が有効に使われれば、「グッジョブ」となるかも。
またドローンの飛行制御や誘導にも有望視されています。
ニーズがあって技術革新が起きるのではなく、使い道の定かではない技術が、ニーズを生むという最近の例では3Dプリンターがあります。初めはおもちゃのような銃を作って注目?されましたが、最近有効な使い道が出てきたようです。みちびきも新しい使い方が期待されるのですが...

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非自然科学系のノーベル賞

今年のノーベル経済学賞では、「行動経済学」という分野での業績に対して授与されました。
行動経済学とは簡単にいうと、消費など人々の身近な経済活動を、心理学と経済学の両面から分析した研究です。
伝統的な経済学では、合理的な経済人を仮定して、その行動による経済の最適化と安定的な均衡を導くのですが、実際の人間行動は必ずしも合理的ではなく、様々な理由により非合理的に行動するという事実から、心理学的な要素を取り入れて、経済活動を分析しようというのが、行動経済学と呼ばれる分野です。

同様な経済学分野の一つに「進化経済学」というものがあります。
こちらも合理的経済人という仮定を非現実的と捉え、経済主体の能力や行動に関して、周知の事実と基本的に矛盾しない仮定を使って、資本主義経済の「進化の過程」を説明する経済理論を打ち立てようとする経済学です。従って主に取り上げるのは経済の長期的変化の過程であって、また変化の原動力はイノベーションが主体と考えます。経済はイノベーションを目指す継続的な努力を触発し、その中から「淘汰」によって最善のものを残し、非効率なものが排除されることによって経済成長を牽引してきたと捉えます。つまり生物学の進化に倣って経済を理解しようとするものです。、

両者ともに既存の主流経済学を乗り越えようとする意欲ある試みなのですが、残念ながら今のところ、主流経済学の強固な牙城は揺るがず、経済学賞を受賞しても、それは変わりないのです。

経済学賞で不思議なのは、相対立する経済理論が、脈絡も説明もなく受賞することです。
学会での少数派も受賞し、まるで満遍なく気を配っているというような政治的判断をしているが如くです。選考に一貫した姿勢がなく、評価の基準も解らないような選考は、前に授賞した経済理論が、次に授賞した経済学者に全否定されるというような、科学系ノーベル賞では考えられないことが起きます。果たして経済学賞は経済学の発展に寄与しているのか?

もともと経済学賞は実際はノーベル賞ではなく、スウェーデン国立銀行が後で追加(便乗)設立し、また資金提供していて、通称でノーベル賞といっているのです。騙っているといっては、いい過ぎか?
ノーベルの名を借りて、その価値を過大評価させていることは間違いないところでしょう...

続いて文学賞です。何で文学だけなの?という疑問はさておいて、毎年よく作品を探し出してくるものです。というか文学に世界一みたいな序列を付けるようなことはどうもね...
ただ今回のKazuo Ishiguro氏には、個人的には印象深いものがあります。
著作「A Pale View of Hills」と「The Remains of the Day」は昔、出版されてまもなく読んでいて、感銘を受けたことを覚えています。格調高く、かつ解りやすい文体だったような...
それにしても今回の受賞者が日系人だというだけで加熱する人気! 日本はすでに20人以上の受賞者を出しているのに、一向にノーベル賞信仰は止まないようです。
これで経済学賞者を出したら、瞬く間にその理論が日本を覆うのでしょうか?それとも内容など構わず、お祭り騒ぎで終わるのでしょうか?

そして平和賞ですが、この賞はノルウェーの国会で選考されるもので、まさしく政治そのものです。
平和の概念やそれに向かう方向性が明確な時代には、この賞も多少は意味があったのでしょうが、いまや、分裂と細分化と対立の時代で、平和を目指す活動も相対的なものになってしまいました。
実際、平和賞は経済学賞より遥かに論議の的になっている賞でもあります。
ということで経済学賞は、少なくとも、ノーベルの名を外すべきだし、平和賞は止めたほうが良いのではと思うのですが、授賞する側はいわば既得権益。止める筈もないでしょう...


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金銀銅の採掘と鉱(公)害

日本は天然資源に乏しい国というのは半ば常識だったのですが、今ではそれが覆されています。
金、銀そして銅の生産量が、時期は違いますが、それぞれ世界一だった時代があります。
古くは東大寺大仏が大量の銅と金で作られ、奥州平泉の金は「黄金の国ジパング伝説」を生み、室町の金閣寺、そして桃山の金ぴか時代と続きます。「侘びさび」の日本となんと違うこと...
また江戸時代は石見銀山に代表される銀の生産量が当時世界一で、その多くが中国などに輸出され、東アジアの経済の活性化に貢献したということです。

そして明治。日本の銅生産量が世界一だった時代がありました。
この時代、世界的に銅は電線や軍事需要などで、ある意味、鉄よりも重要でした。
明治政府の富国強兵政策を背景に、新しい技術の導入と相まって、多くの銅鉱山が開発され、急速に産出を増やしました。その代表的な鉱山に群馬県の足尾銅山、四国の別子銅山、茨城県の日立鉱山などがあります。足尾銅山は古河財閥、別子銅山は住友財閥、そして日立鉱山は久原財閥(日産コンツェルン)の母体となるほどの大きな事業でした。

鉱山を語る上で必ず出てくることは鉱害です。金銀銅の採掘にも鉱害はつきものです。
ただ、金銀と銅には、採掘と精錬の違いがあり、鉱害の質や規模に違いがあります。
一般的に金銀と比べて銅の採掘は大掛かりです。鉱石の純度が低い上に、取り出す量が多量なので、必然的に規模が大きくなります。
また精錬にも大きな違いがあります。金銀は砂金などの単体の金属として産するほか、合金や硫化物などの状態の鉱物として産しますが、もともと反応性の低い元素であるため、化合物であっても加熱によって容易に還元されます。
灰吹法(はいふきほう)は、金や銀を鉱石などからいったん鉛に溶け込ませ、さらにそこから金や銀を抽出する方法です。また水銀に溶け込ませるアマルガム法も古来から行われてきた技術です。
水銀や辰砂(硫化水銀)などの害はありましたが、奈良の大仏の例では、10トンの金を鍍金する際に50トンもの水銀が使われたことによる公害が、金の採掘や精錬によるものよりも、大きかったといわれています。

銅が日本の発展に大きく寄与したということの負の側面が、鉱(公)害により環境汚染・破壊です。
銅山は必然的に公害を引き起こします。銅山自体が山を削ることによる環境破壊的要素がある上に、「鉱毒」などと呼ばれる環境汚染を引き起こすのです。
銅山による鉱毒公害は、二つの要素に分けられます。
ひとつは、銅鉱石に含まれるカドミウムや銅イオン、硫酸成分をはじめとした重金属・有害化学物質による水系汚染であり、もうひとつは精錬に際して生じる硫黄酸化物などによる大気汚染です。
前者は流域の農作物などに被害を与え、後者は精錬所周辺の植物に被害を与えます。
もちろん、人間を含めた動物などの生物にも被害を与えます。

足尾と別子での汚染の例を見ます。両銅山が日本の公害の原点といわれています。
足尾では足尾山地の樹木が、坑木・燃料のために伐採され、荒廃した山地を水源とする渡良瀬川は、洪水を頻発し、製錬による廃棄物は、足尾山地の下流域の平地に流れ込み、水質・土壌汚染をもたらす広範囲な環境汚染を引き起こしました。
また掘り出した鉱石を製錬する工場から排出されたガスによる大気汚染を引き起こしました。
1973年までに足尾の銅は掘りつくされて閉山し、公害は減少しました。しかし、精錬所の操業は1980年代まで続き、鉱毒はその後も流されました。

足尾の鉱毒が顕在化したのは、1880年前後といわれています。1890年代より地元の政治家や市民が国に問題提起するものの、具体的な対策はほとんど行われず、また行われても役に立たないまま、国家目標である銅生産に邁進し続けました。
ようやく亜硫酸ガス除去設備が完成したのは1956年のことでした。
緑を失った山々は2500ヘクタールにも及び、国や県、市民による植林が現在も続けられています。
2011年の東日本大震災の影響で、渡良瀬川下流から基準値を超える鉛が検出されるなど、現在でも鉱毒の影響が残っているとみられます。
またこのような広範囲かつ長い時間にわたる汚染が続いたにもかかわらず、どの時代も科学的な分析がほとんどされていないため、公害の内容はあまり明らかにはなっていません。

別子では煙害と呼ばれた大気汚染を引起こし、足尾とともに公害の原点とされました。
愛媛県新居浜で別子銅山の精錬所の排出ガスによる大規模な水稲被害が発生しました。
農民と精錬所との間で紛争が勃発し、精錬所は新居浜沖の無人島に移転しました。
しかし、操業開始後から瀬戸内海の気流により、愛媛県各地で麦・稲作に被害をもたらす煙害が発生しました。
農民と精錬所の間で賠償金支払い、産銅量制限を含む協定が結ばれ、また銅山を経営する住友鉱業はその後、硫黄酸化物対策の技術開発を進め、排ガス中の亜硫酸ガスから硫酸を製造し(1929年)、さらに硫黄酸化物をアンモニアで中和する技術を導入し(1939年)、煙害問題は解決に至ったといわれています。

別子の煙害では足尾鉱毒とは異なり、被害農民は県や国、会社に強く訴えて会社側の対応を引き出し、会社側は被害防止に前向きな対応を図ったといわれています。
また煙害を受けた銅山周辺に植林を積極的に進め、今では緑が回復しています。
因みにこの植林事業が今日の住友林業の元になりました。
銅山は緑深い自然の山へと戻って、鉱山施設の遺跡が静かに佇んでいます。

別子に比べて、公害の爪あとがより深かった足尾でも、まだ環境破壊の後は残るものの、人々の多大な努力により、禿山はようやく緑を取り戻し、動物も含めた生態系が復活しつつあります。
鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に、渡良瀬川下流に作られた渡良瀬遊水地は、2012年にラムサール条約に登録され、鳥獣保護区となって鳥や昆虫、魚の生息地となっています。


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