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光合成と生態系1

19世紀のはじめ、植物学者が次のような事実を発見しました。
二酸化炭素 + 水 ⇒ 植物の成長 + 酸素
素晴らしい発見でしたが、オット何かが欠けているぞ!
ほどなく植物が「光エネルギーを化学エネルギーに変換している」ということが突き止められました。
これをまとめると、「植物が太陽光エネルギーを使って、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から有機化合物を合成する作用」で、光合成と名付けられました。今では小学校から習う大事な知識です。
化学反応式で表現すると、次のようになります。

6CO2 + 12H2O + 光エネルギー ⇒  C6H12O6+ 6O2 + 6H2O
反応式は反応前の化学物質(反応物)と反応後の化学物質(生成物)を記しているだけで、反応のプロセス自体を表してはいないので、もっと簡単には次のように表わせ、便宜的にこの式で記します。
6CO2 + 6H2O + 光エネルギー ⇒  6(CH2O) + 6O2

少しだけ詳しく見ると、光合成は大きく2つの反応に分けられます。
光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応(明反応)と、化学エネルギーから糖を合成するカルビン回路(暗反応)です。

光化学反応は葉緑体の中のクロロフィル(光合成色素)が光エネルギーを使って、水を酸素分子と水素イオンに分解し、また電子を作ります。そして電子と水素イオンによってNADPHとATPという有機物質をつくります。これらの反応は光エネルギーを使うので明反応です。
カルビン回路では、光化学反応で作られたNADPHとATPを利用して、二酸化炭素から種々の糖を作ります。ここでは光エネルギーを使わないので暗反応です。
ちょっと立ち入っただけで、何がなにやらですが、光合成の反応は、単なる化学反応の領域から、量子力学の世界に至る、複雑で精緻な過程なのです。

さて、植物は光合成で、食物を自給する一方、「呼吸」を行うことで、その食物から生命活動のエネルギーを得ています。その反応は次式です。
  6(CH2O) + 6O2 ⇒ 6CO2 + 6H2O + エネルギー
これは、光合成とまったく逆の反応です。これらの関係を図示すると...

kogose9c.gif

式の「左⇒右」は光合成によって、二酸化炭素と水から、グルコース(ブドウ糖)を作り、「右⇒左」はそのブドウ糖を二酸化炭素と水に分解して、エネルギーを得る過程です。
「左⇒右」と「右⇒左」の反応は、両辺の物質を見る限り、まったく逆の反応になります。
物質は循環し、そしてエネルギーは光から、化学エネルギーへ、そして熱エネルギーと変化して流れていきます。この図が生態系の物質循環とエネルギーの流れを、ごく単純に説明しています。 
(繰り返しますが、単純な化学反応式に見えるものの、実際は大変複雑な過程です。)

生物は自分自身を維持するために、材料とエネルギーを調達して、自らの体を構成する部品を作り出します。これを「代謝」と呼びます。代謝は生命活動そのものです。
代謝には大きく、「異化」と「同化」があります。
「異化」は複雑な有機物を、より単純な化合物に分解する過程から、エネルギーを引き出すことです。
「同化」は単純な物質から、より複雑な自身の体を構成する部品を作り出すことをいいいます。
同化を行うにはエネルギーが必要ですが、光エネルギーおよび、異化によって調達されたエネルギーを使います。

この図は同化の最初の過程(光合成)と、異化の最後の過程(酸素呼吸)を表しているわけです。
図に描かれていない反応式がずっと右へ続いて、グルコースから、アミノ酸が作られ、そのアミノ酸をつなげて複雑なタンパク質が作られていきます。
反対に右から左に、複雑なタンパク質が単純な化合物に分解されていく、という反応の流れが続くことになります。


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光と音はどう認識される?

太陽の光すなわち自然光は、人の目には「白色」に見えます。
しかし光をガラスで出来た三角柱のプリズムを通してみると、いろいろな色の帯が現れます。
「赤橙黄緑青藍紫」の帯、光のスペクトラム(連続体、分布範囲)です。
光は色によってその波長が違うため、プリズムを通るとき、波長に応じて異なる屈折率によって、光が分けられて7色の帯になるのです。
spectram2.jpg

図上はその光のスペクトラムで、図下はいわゆる「光の三原色」と、その三原色を混じり合わせた、いくつかの色を示しています。さらに三原色の配分や明度、彩度を変えて混合すれば、人が認識するすべての色を作り出せます。「RGBカラー」では、Red、Green、Blueのそれぞれ256通りの色調で、色や濃淡を連続した階調で表現することができます。256階調あれば、人の目は隣どうしの色や明暗が区別できず、滑らかなグラデーションになります。

光は図のように、およそ380~780nmの波長をもつ電磁波です。
では光の三原色で、すべての色を作ることができるということは、赤緑青の3つの電磁波で、すべての色に相当する電磁波を作るということなのでしょうか?でもスペクトラムに無い色は、どの波長の電磁波?というより、何でスペクトラムには、7色しかないの?

実は三原色は、人の目の視覚細胞と大きな関係があるのです。
視覚細胞には「赤、緑、青のそれぞれの光を感じ取る3つのセンサー」があって、それぞれのセンサーが受け取った光の量が脳細胞に伝達されて、3種がミックスされて、「色」として組み立てられるのです。つまり光の三原色とは、人の3色の視センサーが基準になっているのです。

スペクトラムの7色も、電磁波に7つの色があるのではなく、人の3色の視センサーがそれぞれ感じ取った電磁波を、脳がミックスして、7つの色に大別して認識しているということになるわけです。
例えば、黄色は580nm~595nmほどの波長の電磁波ですが、緑と赤の電磁波が混ざった光線でも、同じ黄色になって、両者を人の眼は区別できません。
また青色と赤色が混ざると、「ピンク色」という(それに相当する波長の電磁波は無い)色になります。
ピンク色とは脳内でミックスされた心理的なもので、桃色光線というものは存在しないのです。

色とは「脳が光を認識する手段」なのですね。色は「物理的な量」というよりも「心理的な量」ということができるのです。「光に色はない」ということを、最初にプリズムで光のスペクトラムの実験をした、かのアイザック・ニュートンが言っています。

次に音の場合はどうやって認識されるのかということです。
大抵は「空気の振動である音を、鼓膜が捉えて認識する」ということで済ましていますが、実際は遥かに複雑な仕組みなので、そこをちょっと...
鼓膜(中耳)の振動は増幅されて、蝸牛(かぎゅう)という器官(内耳)に送られ、蝸牛内にあるリンパ液を振動させます。そしてリンパ液に含まれるカリウムイオンが流れ、電流が発生します。
この電気信号が神経を通して脳に伝わり、音を認識するという仕組みです。
ということは、脳に伝えられた交流信号が、脳で振動しているということ? まさか! 
電気振動を色と同じように、心理的量に代えている訳ですが、考えてみるとこれも不思議です。

医療で、人工内耳というのがあって、聴覚障害に用いられますが、その仕組みがわかると、聴覚の理解の助けになります。
人工内耳は補聴器に似ていますが、補聴器は増幅した音(空気振動)を、そのまま鼓膜に送っているのに対して、人工内耳はマイクロフォンが捉えた音声を、音声分析装置で電気信号に変換し、そして蝸牛に埋め込んだ(インプラント)電極へ送り、電極が聴覚神経を刺激します。
蝸牛はその部位による周波数特異性をもっています。つまり反応する周波数が分かれています。
したがって蝸牛内の音域の割り当てに対応して、複数個の電極を埋め込みます。
そして音声分析装置の中のプロセッサーが、どの電極をどの程度刺激するかを決めます。

音声の周波数分析を時間的に連続して行い、強さ、周波数、時間 の三次元で表示することを、スペクトルグラム(Spectrogram)と呼びますが、これで見ると(特にあ行の母音では)、特定周波数に、はっきりとしたピークが得られます。この特徴的なピークが、音声毎に異なるために区別ができるわけです。その特徴を捉えて電気信号に変換する行程を、音声処理(コード化)法といいます。
スペクトルピークというコード化法では、音声スペクトルグラムを、そのまま電極での刺激の場所と強さに変換します。
下図はスペクトラムグラムの時間軸を省いて表示した図ですが、黒色の部分がピークにあたります。

peak1.jpg

人工内耳は蝸牛本来の信号は得られませんが、個人差はあるものの、一般的にかなりの程度で言葉を聞き取ることができるようになるといいます。
そしてこのような人工内耳の仕組みと同じことを、人の耳(特に内耳)が行っていると考えると、内耳は音声分析装置の機能を持っているということですね。

このようにして、蝸牛の各部位に送られた電流が聴神経と脳に伝えられて、音に相当する何らかの心理的量に変えられているのですが、この部分は色の認識と同様に、まだよく解明されていない、未知の領域なのです。
もとの空気振動を聴神経や脳によって、補完、補正や創造(想像)、フィルターなどなど様々な作業を行って、音として組み立てているのです。この音の認識(組み立て)は、色の認識と同じように高度でかつ、見方によっては、随分と大胆(アバウト?)な脳の作業なのです。

人工内耳と同じように、視覚障害のために、人工網膜というものがあります。
人の網膜には視細胞が縦横の格子状に並んでいますが、人工網膜はデジカメのように、受光素子が縦横に並んでいて、機能しなくなった視細胞の代わりを務めます。
受光素子は、マイクロチップ化されていて、眼の網膜に埋め込まれます。
そしてこれが光を電気信号に変え、信号は視神経に送られ、そこで「光」として認識されます。
現在の段階では、光の明暗が、「モノクロで縦横何ドット」というレベルで認識されますが、それでも大きな文字などは読めるようになります。電光掲示板のような具合ということです。
将来は画素数も広がり、また「色」も認識できるようになるのでしょう。


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鹿の子百合

kanoko.jpg

鹿の背中の斑点模様を「鹿(か)の子まだら」、略して鹿の子といいます。
昔から、この斑点模様が付いたものを、「・・鹿の子」と呼んできました。
在原業平の「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらん」という歌があります。

布の染めを「鹿の子しぼり」といったり、また植物の「京鹿の子」は、ごく小さな花を密集させて咲く形が、鹿の子模様に見立てられたのでしょう。
和菓子の「京鹿の子」は、餅のまわりを、蜜で鹿の子模様に仕上げた豆で囲んだ菓子です。

でも信州小布施の有名な菓子、「栗鹿の子」は大粒の栗の実に栗あんを練り合わせて作った、きんとんとほぼ同じもので、鹿の子模様はないのですが、栗鹿の子と呼んでいます。

画像の「鹿の子百合」は、花弁に鹿の子模様の斑点があることから、そう呼ばれます。
日本原産のユリで、かのシーボルトによってヨーロッパに持ち込まれ、交配種が作られました。
花はやや下向きに、また大きく反り返って咲きます。
色は濃い紅色からピンク色をしていますが、画像のユリは変種の園芸種です。
花弁も斑点も真っ白の鹿の子百合です。

進化と進歩はどう違う?

「進歩」という言葉の代わりに、「進化」が使われるのが普通になっているようです。
「進化」には「進歩」の意味を持つと同時に、環境や時代に適応したというような価値判断があるからでしょうか。より高度に、複雑に、なんていうことまで含意しているような?
でも本来、「進化」は生物学で使われる用語で、「変化」の意味であって、「進む」というような方向性はありません。英語のevolutionを日本語に翻訳するときに、進化という語が作られて、「進む」という意味合いを持ってしまったのですね。
英語では進歩はprogressとかadvance、進化はevolutionで、紛らわしくはありません。

ところが、evolutionは生物学の用語であると同時に、日常語としても、展開、発展、進展、といった意味で使われています。
また生物学用語としても変化していて、初めは生物学の一部門である発生学で、evolutionは 「受精卵から展開して成体が作られること」を意味しています。
発生学とは「胚の発生を研究する学問」です。「胚」とは動物では誕生や孵化の前の段階をいい、植物では発芽の段階にある全ての組織のことです。

さらにその後、生物学では個体の発生と生物の進化との類似性が注目され、「進化はある一定の方向に発展する」と考えられました。
それを表すのに適切な語として、evolution を使うようになったのです。つまり当初(ダーウィン以前)の進化論では、evolutionは発展という意味を持っていたのです。

しかしダーウィンは著書「種の起原」では、初版ではevolution という語は使っていませんでした。
進化を指す言葉としては、「descent with modification(変化を伴なう系統)」を使ったのです。
ダーウィンは自己の進化論が、発展理論に基づく以前の進化論と異なることを明確にするために、evolution の語を使わなかったのです。後になって結局使ったのですが...
ダーウィンは、進化の要因として「個体変異の遺伝と自然淘汰」を考え、生物の進化は偶然が作用する現象と考えました。彼は生物の進化が、「単純な生物から複雑な生物へと変化するという方向性」を持っているとは考えなかったのです。つまり、ダーウィンによれば、evolution は生物の進化を指す用語としては(少なくとも初めは)、適切ではなかったといえます。

ということで、もともと evolutionが進歩、発展といった方向性を持つ意味を含んでいたわけで、日本でこの語を訳するに当たって、進化という言葉を作ったのは、あながち間違いではなかったのかもしれないし、今日に至って進歩に取って代わったのも、必然の成り行きなのかもしれません。
英米でevolution が progress とかadvance に代わって使われることが多くなっているのか、興味あるところです。

とはいっても生物学では、進化を進歩と同一視するのは、やはりまずいのです。
生物進化が進歩に見えたとしても、また逆に退歩に見えたとしても、どちらにせよダーウィンから始まって、現代の進化学説にi至るまで、何らかの方向性を持ってはいないのです。
でも進化の語が全く日常語になってしまった以上は、進化を使うのはやめて、例えば変成とか変異とかいった言葉を使ったほうが良いのかも知れません。あ、これらは生物学ですでに使われています。ダーウィンが当初使った「descent with modification(変化を伴なう系統)」に戻る?

付け足しになっちゃいましたが、進化とは、ごく簡単にいって「生物が世代を経る中で、その遺伝的形質が変化していく現象」というようなことです。
そして「変異や自然適応、種の分化といった進化のメカニズムによって、ヒトも含めた地球上のすべての生物が生まれてきたことを説明する諸理論の集合」が、現在の進化論、もしくは進化学説です。

遺伝子と分子生物学 ⇒ http://kurotsugumi.blog.so-net.ne.jp/2014-03-14

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AIで経済を解明できる?

「グローバリゼーションがもたらす自由貿易は良いこと」の経済学的根拠となっているのは一つは、リカードという昔の経済学者が唱えた「比較優位」説です。
2つの国A、B国が、それぞれ1、2の2種の製品を生産していたとします。
A国では2より1の生産が効率的で、B国では1より2の生産が効率的であった場合、たとえA国が1、2のどちらも、B国より効率的であったとしても、A国は1の生産に特化し、B国では2の生産に特化し、それぞれを貿易により交換したほうが、両方の国ともに多くの製品を生産できるという、まさしく自由貿易のバイブルのような数学計算です。
経済理論の中でも、特にシンプルかつエレガント?な理論で、かつそのもたらすところが、互恵的で、WIN-WINであるため、今日に至るまで経済学者のお気に入りなものでもあります。
でもまあ、こんな机上の計算でのたとえ話みたいな説に、そんなにうまく行く話はないぞ、と疑うのが客観的で科学的な態度ではないかと思います。

ではもう一つ、「完全競争市場では消費者にとっての効用と供給者にとっての利益が最大になるような価格・量で均衡する」という均衡理論に基づいて、「自由競争市場の拡大は良いこと」という理屈はどうでしょうか。
このいわゆる均衡理論は、経済学を学ばなくとも、どこかで見たことがある人も多いかもしれない「需給曲線」てやつで簡単に表せます。
横軸が価格、縦軸が数量のグラフに需要の性向と、供給の性向をプロットすると、需要曲線が右肩下がり、供給曲線が右肩上がりになって、両者が交差する点が、需給が一致してかつ適切な資源配分がなされるというやつですね。
でもこれもぶっちゃけ、比較優位説と同じようなたとえ話の類、といっては怒られるだろうけど...
余談ですが、こんな図程度でお茶を濁しとけば?良かったのに、もう少し客観性をつけたい、数学的に正しさを深めたいなんて考えて、物理学者や数学者が精緻で難解な数学にまとめ上げて、常人には理解不能の不動の理論を築き上げてしまったのが現代の経済学というわけです。

実際のところ、自由競争もグローバリゼーションも果たして良い事か、うまく機能しているのか、五里霧中で、単にそう思い込んでいるだけかもしれないのです。
とはいっても、そんな中で経済社会では日々、経済状況を分析し、評価し、予測して活動が行われています。そして経済活動はすべてが「量」とその増減の「率」に還元され得るので、その数値や指標のデータは山ほどあります。
しかしそのすべてを人間が把握し理解し分析することは不可能ですから、必要と思われ、かつ信頼できそうなデータを選択して、それに過去の経験や勘による調整を加えて分析をまとめ上げる訳です。従って取り扱うデータが少なすぎたり、間違ったり、偏り、あるいは予断など、結論を誤らせる理由には事欠きません。

ということで「AI」、人工知能の登場です。最近の急速に進歩した「AI]は、これらのビッグデータ、過去にさかのぼって蓄積された膨大なデータの解析にはうってつけです。複雑な経済活動に、今まで考えられなかった関係性や法則性を見つけられるかも知れません。
また逆に明らかな相関関係があるように見えても、「AI]に学習させてみたら、この相関は擬似相関、つまり「関係のない2つの事柄に、あたかも因果関係があるように見える」だけであって、実は無関係、あるいは隠れた変数があって、この変数によって動いていたなんて 人間には思いもつかなかった発見があるやも知れません。
経済現象には「隔靴掻痒」(靴の上から足のかゆいところを掻く)といいたい説明が山ほどあるので、対象には事欠きません。

因みに株式の取引には、すでに「AI」が導入されているといわれます。しかし自動取引や超高速取引が、果たして「AI」に値するのかどうかは甚だ疑問です。とくに超高速取引なんて、コンピューターの計算の速さだけを生かした、いつ禁止されてもおかしくない、アブナイ使い方です。
株式取引をはじめとした金融市場は、コンピューターの活用が最もなされている分野ですが、「AI]については??でしょう。
また鉱工業生産指数のような経済指標の予測にも、「AI]が使われ出していますが、限定的な統計予測にとどまり、経済活動そのもの解析はこれからという状態です。

「AI]が本領を発揮して、複雑怪奇な?経済活動についての学習と解析が可能になり、グローバリゼーションや自由貿易が、実際にどういう結果をもたらしているかを解析することが出来たら、思わぬ結論を見出すかも知れないのです。もしかすると、アダムスミスの「見えなざる手」が、ついに見えたなんて...

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