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低成長経済と拡がる格差1

一般的に「経済は成長するもの、しなければならないもの」と信じられているようですが、疑問の声は少数ですが常にありました。およそ半世紀前ですが、「成長の限界」という研究レポートが大きく取り上げられたことがありました。(ローマクラブ報告)
それは資源や地球の有限性から、人口増加や環境汚染がこのまま続けば、100年以内に成長は限界に達すると警告されたもので、大きな反響を呼びました。
しかし今ではそれも杞憂だったと、多くは受け取られています。
幸い?石油をはじめとした天然資源は枯渇することなく採集され続き、人口増加はしたものの、食料資源は(少なくとも総量では)不足していないし、環境汚染もサイレントキラーなるがゆえに、人々が目を背ければ何も起こらないかのごとくです。

かくして成長の限界は、今ではあまり省みられることも無く、成長する経済の神話は続きます。
ところがどっこい、現実の経済(少なくとも先進国経済)は、ずいぶん前から低成長を続けています。一体どうしてなのでしょうか? 成長の限界の呪縛は解けたはずなのに...
経済が成長するということは、端的にはその規模が大きくなることですが、では規模が大きくなるための推進力は何なのでしょうか?
成長は、一般に労働力や設備の増加による量的拡大と、そして労働生産性や資本生産性などの向上、そして特にイノベーションによる新規の市場拡大によってなされるとされています。
イノベーション( innovation)とは、「新しく採り入れたもの」というような意味で、一般的には技術革新を指すと理解されていますが、それだけではなく、新考案、 新機軸、 新制度など社会的に大きな影響を起こすようなことという意味を持っています。またイノベーションは、概して全ての資源の生産性を向上させる効果があるということで、特に注目されるのです。

ところが、、イノベーションも含んだ生産性の向上は、実のところその正確な把握が難しいという特徴があります。生産性の値は評価基準、評価方法によって大きく影響を受け、また多くの場合、質的つまり定性的な評価を定量的評価に変換することも困難で、結局のところ、成長率の値から設備や人口の増加での量的増加を差し引いた残りが、生産性向上という言葉でくくられてしまうのです。

かって、石油が石炭に取って代わり、そして電力がエネルギー利用の中心になった大技術革新時代は、すべてが量的拡大と質的変革を遂げることが出来たので、格別に生産性やイノベーションが取り上げることもありませんでした。
成長が鈍化するにつれ、こういった言葉が重要視されるのも皮肉な話です。
今日、先進国では、労働人口(および消費人口)の増加や設備などの増加による量的拡大は余り見込めないので勢い、生産性の向上、特に魔法の杖とも見えるイノベーションに過大な期待を抱きがちになりますが、これは内実をよく精査したら、成長に寄与していなかったこともあり得るという、取り扱い注意物件なのです。

イノベーションに多くの期待と力を注いでいる米国では、既存の生産体制の設備や労働力の生産性を高めるというよりも、イノベーションを目指して、新しいことに飛びつく性向が強くあります。
独創性とか個性的とか挑戦といったことに大きな価値をおく傾向に、あふれるマネーのあくなき利益の追求といった要素が結びついているのです。
特に資本は短期で効率的に利益を上げるために、グローバル化を旗印に国や地域を飛び越えて、世界中の金融市場や株式市場で、マネーがマネーを求めて跳梁します。
そして「IT革命」というような、ビッグイノベーションの名のもとに、新しいアイデアで巨額の投資を集め、一気に市場を支配し、短期で巨額の利益を生むという手法が今日のはやりです。

かくして国内の産業は不法合法を問わず、移民の雇用という安易なコスト削減を目論み、多国籍企業は工場を主として事業拠点の海外移転で生産性向上を目指し、あるいは企業自体のタックスヘブンなどへの移転によって租税を逃れ、さらには鳴り物入りのイノベーションが、その担い手たる人材は海外からの人々に頼り、資本はどこのモノとも知れず、そのもたらす果実は四方に拡散し、国家や地域に残されたものは僅かだとしたら...    ー続くー

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