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準天頂衛星みちびき

日本版GPS(Global Positioning System)、全地球測位システムを構築するため、2010年に衛星の初号機「みちびき」が打ち上げられ、技術実証が行なわれてきました。
今年、2号機から4号機まで打ち上げられて、4機体制になり、2018年にシステムを運用開始する予定です。さらに2023年に衛星3機を追加して、計7機体制で運用することになっています。

GPSはアメリカ合衆国によって運用される衛星測位システムすなわち、地球上の現在位置を測定するためのシステムのことをいいます。地球上を回る30機ほどの衛星のうち、4機以上の衛星からの電波を受信して、それぞれの衛星からの距離を測定し、現在位置を特定します。

日本の「みちびき」の特徴は次のようなものです。
①常に日本上空の天頂付近に位置する。 測位に使う衛星はその数が多く、また幅広く展開していることが測位精度を上げる上で大事ですが、GPS衛星が常にそう位置するとは限らず、低い仰角(見上げる角度)にまとまって位置したり、また都市や山間部で周囲が遮られ、使える衛星の数が減ったりします。みちびきは常に日本の上空、天頂付近に位置するように、衛星が「準天頂軌道」と呼ばれる傾斜地球同期軌道を周ります。
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常に同じ位置にとどまる、いわゆる静止衛星は赤道上の軌道を、地球の自転周期に合せて回ることによってのみ可能ですが、日本、例えば東京の緯度(35度)では、その仰角は55度となって、天頂に位置することは出来ません。そこで衛星の軌道を傾けて(地球が静止したときの状態で衛星の軌道を描くと)、8の字になるようにすれば、日本上空の天頂付近に、約8時間ほど留まることが出来ます。したがって、この軌道上に衛星を等間隔に3機配置すれば、日本上空天頂付近に常時、どれかの衛星が位置することができます。地球すべてをカバーするGPSに比べて、日本を含む8の字の限定された地域だけをカバーするRPS(Regional Positioning System)システムです。

②地上局から位置、時間の補正信号をみちびきに送り、精度を向上させる。 地上の基準地点で受信した測位データの誤差を測って、みちびきに送り、それを補正情報として、みちびきからの送信信号に載せることによって、数cm単位の測位精度を実現できます。

7機の衛星による限定された測位システムとはいえ、そのコストは安いものではありません。
コストに見合った使い道がなければ宝の持ち腐れとなります。
実証実験では、除雪作業や農作業での検証などが行われました。
大雪で何処が道か解らなくなったような道路を、除雪車がガードレールに触れないよう、数cm単位で車を誘導して雪をどける作業や、また栽培植物の密集列の間を、数cm単位の精度で作業車が走行して、刈り取りを行う作業などです。

他にも様々な実証が行われて、それなりの有効性が認められたから、実施の決定が下されたのでしょうが、今のところ、決定打に欠くような...
将来期待されるのは、自動車の自動運転です。最近、自動運転では詳細な地図情報や、車のIT化が大変注目されていますが、これも車の位置が数cm単位で、正確に把握されての話。みちびきによる位置情報が有効に使われれば、「グッジョブ」となるかも。
またドローンの飛行制御や誘導にも有望視されています。
ニーズがあって技術革新が起きるのではなく、使い道の定かではない技術が、ニーズを生むという最近の例では3Dプリンターがあります。初めはおもちゃのような銃を作って注目?されましたが、最近有効な使い道が出てきたようです。みちびきも新しい使い方が期待されるのですが...

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非自然科学系のノーベル賞

今年のノーベル経済学賞では、「行動経済学」という分野での業績に対して授与されました。
行動経済学とは簡単にいうと、消費など人々の身近な経済活動を、心理学と経済学の両面から分析した研究です。
伝統的な経済学では、合理的な経済人を仮定して、その行動による経済の最適化と安定的な均衡を導くのですが、実際の人間行動は必ずしも合理的ではなく、様々な理由により非合理的に行動するという事実から、心理学的な要素を取り入れて、経済活動を分析しようというのが、行動経済学と呼ばれる分野です。

同様な経済学分野の一つに「進化経済学」というものがあります。
こちらも合理的経済人という仮定を非現実的と捉え、経済主体の能力や行動に関して、周知の事実と基本的に矛盾しない仮定を使って、資本主義経済の「進化の過程」を説明する経済理論を打ち立てようとする経済学です。従って主に取り上げるのは経済の長期的変化の過程であって、また変化の原動力はイノベーションが主体と考えます。経済はイノベーションを目指す継続的な努力を触発し、その中から「淘汰」によって最善のものを残し、非効率なものが排除されることによって経済成長を牽引してきたと捉えます。つまり生物学の進化に倣って経済を理解しようとするものです。、

両者ともに既存の主流経済学を乗り越えようとする意欲ある試みなのですが、残念ながら今のところ、主流経済学の強固な牙城は揺るがず、経済学賞を受賞しても、それは変わりないのです。

経済学賞で不思議なのは、相対立する経済理論が、脈絡も説明もなく受賞することです。
学会での少数派も受賞し、まるで満遍なく気を配っているというような政治的判断をしているが如くです。選考に一貫した姿勢がなく、評価の基準も解らないような選考は、前に授賞した経済理論が、次に授賞した経済学者に全否定されるというような、科学系ノーベル賞では考えられないことが起きます。果たして経済学賞は経済学の発展に寄与しているのか?

もともと経済学賞は実際はノーベル賞ではなく、スウェーデン国立銀行が後で追加(便乗)設立し、また資金提供していて、通称でノーベル賞といっているのです。騙っているといっては、いい過ぎか?
ノーベルの名を借りて、その価値を過大評価させていることは間違いないところでしょう...

続いて文学賞です。何で文学だけなの?という疑問はさておいて、毎年よく作品を探し出してくるものです。というか文学に世界一みたいな序列を付けるようなことはどうもね...
ただ今回のKazuo Ishiguro氏には、個人的には印象深いものがあります。
著作「A Pale View of Hills」と「The Remains of the Day」は昔、出版されてまもなく読んでいて、感銘を受けたことを覚えています。格調高く、かつ解りやすい文体だったような...
それにしても今回の受賞者が日系人だというだけで加熱する人気! 日本はすでに20人以上の受賞者を出しているのに、一向にノーベル賞信仰は止まないようです。
これで経済学賞者を出したら、瞬く間にその理論が日本を覆うのでしょうか?それとも内容など構わず、お祭り騒ぎで終わるのでしょうか?

そして平和賞ですが、この賞はノルウェーの国会で選考されるもので、まさしく政治そのものです。
平和の概念やそれに向かう方向性が明確な時代には、この賞も多少は意味があったのでしょうが、いまや、分裂と細分化と対立の時代で、平和を目指す活動も相対的なものになってしまいました。
実際、平和賞は経済学賞より遥かに論議の的になっている賞でもあります。
ということで経済学賞は、少なくとも、ノーベルの名を外すべきだし、平和賞は止めたほうが良いのではと思うのですが、授賞する側はいわば既得権益。止める筈もないでしょう...


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金銀銅の採掘と鉱(公)害

日本は天然資源に乏しい国というのは半ば常識だったのですが、今ではそれが覆されています。
金、銀そして銅の生産量が、時期は違いますが、それぞれ世界一だった時代があります。
古くは東大寺大仏が大量の銅と金で作られ、奥州平泉の金は「黄金の国ジパング伝説」を生み、室町の金閣寺、そして桃山の金ぴか時代と続きます。「侘びさび」の日本となんと違うこと...
また江戸時代は石見銀山に代表される銀の生産量が当時世界一で、その多くが中国などに輸出され、東アジアの経済の活性化に貢献したということです。

そして明治。日本の銅生産量が世界一だった時代がありました。
この時代、世界的に銅は電線や軍事需要などで、ある意味、鉄よりも重要でした。
明治政府の富国強兵政策を背景に、新しい技術の導入と相まって、多くの銅鉱山が開発され、急速に産出を増やしました。その代表的な鉱山に群馬県の足尾銅山、四国の別子銅山、茨城県の日立鉱山などがあります。足尾銅山は古河財閥、別子銅山は住友財閥、そして日立鉱山は久原財閥(日産コンツェルン)の母体となるほどの大きな事業でした。

鉱山を語る上で必ず出てくることは鉱害です。金銀銅の採掘にも鉱害はつきものです。
ただ、金銀と銅には、採掘と精錬の違いがあり、鉱害の質や規模に違いがあります。
一般的に金銀と比べて銅の採掘は大掛かりです。鉱石の純度が低い上に、取り出す量が多量なので、必然的に規模が大きくなります。
また精錬にも大きな違いがあります。金銀は砂金などの単体の金属として産するほか、合金や硫化物などの状態の鉱物として産しますが、もともと反応性の低い元素であるため、化合物であっても加熱によって容易に還元されます。
灰吹法(はいふきほう)は、金や銀を鉱石などからいったん鉛に溶け込ませ、さらにそこから金や銀を抽出する方法です。また水銀に溶け込ませるアマルガム法も古来から行われてきた技術です。
水銀や辰砂(硫化水銀)などの害はありましたが、奈良の大仏の例では、10トンの金を鍍金する際に50トンもの水銀が使われたことによる公害が、金の採掘や精錬によるものよりも、大きかったといわれています。

銅が日本の発展に大きく寄与したということの負の側面が、鉱(公)害により環境汚染・破壊です。
銅山は必然的に公害を引き起こします。銅山自体が山を削ることによる環境破壊的要素がある上に、「鉱毒」などと呼ばれる環境汚染を引き起こすのです。
銅山による鉱毒公害は、二つの要素に分けられます。
ひとつは、銅鉱石に含まれるカドミウムや銅イオン、硫酸成分をはじめとした重金属・有害化学物質による水系汚染であり、もうひとつは精錬に際して生じる硫黄酸化物などによる大気汚染です。
前者は流域の農作物などに被害を与え、後者は精錬所周辺の植物に被害を与えます。
もちろん、人間を含めた動物などの生物にも被害を与えます。

足尾と別子での汚染の例を見ます。両銅山が日本の公害の原点といわれています。
足尾では足尾山地の樹木が、坑木・燃料のために伐採され、荒廃した山地を水源とする渡良瀬川は、洪水を頻発し、製錬による廃棄物は、足尾山地の下流域の平地に流れ込み、水質・土壌汚染をもたらす広範囲な環境汚染を引き起こしました。
また掘り出した鉱石を製錬する工場から排出されたガスによる大気汚染を引き起こしました。
1973年までに足尾の銅は掘りつくされて閉山し、公害は減少しました。しかし、精錬所の操業は1980年代まで続き、鉱毒はその後も流されました。

足尾の鉱毒が顕在化したのは、1880年前後といわれています。1890年代より地元の政治家や市民が国に問題提起するものの、具体的な対策はほとんど行われず、また行われても役に立たないまま、国家目標である銅生産に邁進し続けました。
ようやく亜硫酸ガス除去設備が完成したのは1956年のことでした。
緑を失った山々は2500ヘクタールにも及び、国や県、市民による植林が現在も続けられています。
2011年の東日本大震災の影響で、渡良瀬川下流から基準値を超える鉛が検出されるなど、現在でも鉱毒の影響が残っているとみられます。
またこのような広範囲かつ長い時間にわたる汚染が続いたにもかかわらず、どの時代も科学的な分析がほとんどされていないため、公害の内容はあまり明らかにはなっていません。

別子では煙害と呼ばれた大気汚染を引起こし、足尾とともに公害の原点とされました。
愛媛県新居浜で別子銅山の精錬所の排出ガスによる大規模な水稲被害が発生しました。
農民と精錬所との間で紛争が勃発し、精錬所は新居浜沖の無人島に移転しました。
しかし、操業開始後から瀬戸内海の気流により、愛媛県各地で麦・稲作に被害をもたらす煙害が発生しました。
農民と精錬所の間で賠償金支払い、産銅量制限を含む協定が結ばれ、また銅山を経営する住友鉱業はその後、硫黄酸化物対策の技術開発を進め、排ガス中の亜硫酸ガスから硫酸を製造し(1929年)、さらに硫黄酸化物をアンモニアで中和する技術を導入し(1939年)、煙害問題は解決に至ったといわれています。

別子の煙害では足尾鉱毒とは異なり、被害農民は県や国、会社に強く訴えて会社側の対応を引き出し、会社側は被害防止に前向きな対応を図ったといわれています。
また煙害を受けた銅山周辺に植林を積極的に進め、今では緑が回復しています。
因みにこの植林事業が今日の住友林業の元になりました。
銅山は緑深い自然の山へと戻って、鉱山施設の遺跡が静かに佇んでいます。

別子に比べて、公害の爪あとがより深かった足尾でも、まだ環境破壊の後は残るものの、人々の多大な努力により、禿山はようやく緑を取り戻し、動物も含めた生態系が復活しつつあります。
鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に、渡良瀬川下流に作られた渡良瀬遊水地は、2012年にラムサール条約に登録され、鳥獣保護区となって鳥や昆虫、魚の生息地となっています。


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暗号を解読した後は?

現在のコンピューターは、プログラムとデータを一つのメモリーに混在させた「IASマシン」と呼ばれるコンピューターのアーキテクチュアー(基本構造)を踏襲しています。
IASマシンの概念的な枠組みを考案し、設計、製作に携わったジョン・フォン・ノイマンは、その基本的なアイデアを、アラン・チューリングという、天才数学者が考案した仮想機械の「チューリングマシン」から得たといわれています。
フォン・ノイマンとチューリングは、米プリンストン高等研究所で親交があったということです。
⇒フォン・ノイマンのコンピューター http://kurotsugumi.blog.so-net.ne.jp/2017-03-21

アラン・チューリングは、第二次大戦が始まると、母国の英国に戻り、ドイツの暗号通信の解読という難題に取り組みました。第二次大戦時、ドイツは解読不可能といわれる暗号機を開発して通信に使用していました。名づけて「エニグマ暗号」です。その暗号を解読する政府の機密プロジェクトで、チューリングは解読の中心となって、エニグマ暗号が適用されたほとんどすべての通信を解読する解読器ボム(bombe)の開発に成功しました。
エニグマ暗号を解読したチーム及び暗号内容は「ウルトラ」と呼ばれ、英国の最高機密とされました。ウルトラは対独戦において英国の優位をもたらし、ナチス敗北の要因の一つともいわれています。

暗号を解読するということは、高度で複雑な知的作業で、それ自体一大成果なのですが、実はそれは諜報戦でのスタートに過ぎません。
実際に暗号通信を傍受し、解読した後の情報の使い方が大変重要で、これを誤れば努力が無に帰すどころか、逆に相手を有利にさえしてしまうのです。
例えば通信の内容が余り重要でないのに、逐一反応して対応すれば、相手は暗号が解読されてしまったのではないかと疑い、暗号を変えるか、もっと狡猾な場合、解読された事実を知らない顔をして、(正しいけれども)重要でない情報を流し続けて、相手には解読されたことに気づいてないふりをしたりします。したがって解読できても、重要でない情報は無視して、解読されていないと相手には思わせ、重要な事態でのみ解読内容を生かすことが大事になります。まさに虚々実々の世界です。

二次大戦での諜報戦において、並ぶもののない頂点に位置したのは英国です。
エニグマ暗号通信を傍受解読して、英国は多くの重用な情報を入手していましたが、戦局を決定づけるような局面においてのみ利用し、重要度の低い情報は敢えて無視しました。
それによる多少の犠牲は覚悟して、解読の事実を隠し続けたのです。
今では「コベントリーの悲劇」として広く知られているのは、ドイツ空軍が英コベントリー市に夜間大空襲を計画している情報を得たにもかかわらず、政府はこれを黙殺し、その結果、コベントリー市は当時としては極めて大きな被害を受けた出来事です。
結局最後までウルトラの機密は守られ、英国はドイツに勝利することができました。

また英国は対独諜報戦で、「大欺瞞作戦」というものを展開しています。
この作戦は連合軍のヨ-ロッパ反攻での最初の上陸地点を、独軍に誤った場所を信じさせる計画のことで、実際に極めて大掛かりな偽物の基地を造り、モックアップの航空機や戦車を置き、またそこでの慌ただしい出撃準備の様子などを、独軍偵察機に、故意に偵察させたのです。

さらに英国内の対独二重スパイ網を通して、この偽上陸地点について多方面から(と装った)情報を、ドイツに送り、信憑性を高めるという工作を行っています。
驚くことに既にこの時点で、英国諜報部門は国内に侵入していたドイツスパイをすべて捕え、この多くを対独二重スパイ(ダブルクロス)に寝返らせてしまっていました。
そして、このスパイ網を通して以前と変わらず、情報を流し続けさせていました。しかもこの情報は重要ではないけれど正しい情報で、ドイツでは最後まで英国に送り込んだスパイ網が健在だと信じたため、欺瞞作戦で送られた偽上陸地点情報を真実と疑わなかったということです。
欺瞞作戦に対する独軍の反応や守備の状況などに関する暗号通信は、ウルトラによって解読され、独軍が偽上陸地点に集結されていることを確認して、ノルマンディー海岸に奇襲上陸したのです。

暗号解読によって入手した情報を、やたらと使わずに、戦局を決定するような局面においてのみ利用したこと、また逆に、寝返ったスパイに正しい情報を流させて、スパイ網が健在と信じさせ、最重要な場面で大ウソを送り届けたこと、などなど犠牲をいとわずに遂行するのは「言うは易し」の難事です。
使うことがないまま終わってしまい、すべてが水の泡となるリスクを負いながら、将来予測し、使うべき最善の局面を設定するという戦略的思考もさることながら、「そこまで耐えて待つ」待忍能力が必要なのです。この稀有なことが出来たのは、優れて英国特有の風土、その時代における社会的、政治的背景があったからと言われています。

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デマンドレスポンス

デマンドレスポンス(Demand Response)とは、電力供給システムにおいて、従来は需要に合わせて供給量を変動させることで電力の需要と供給を一致させていたのに対し、需要側が需要量を変動させて需要と供給を一致させることをいいます。
電力需要は季節や時間によって大きく変動します。需要が増加した場合、供給側に予備の発電所などによる余力があれば、供給を増やして対応しますが、余裕が無い場合、需要側が需要を減らして対応するというやりかたです。消費抑制のデマンド=要求に対して、レスポンス=応答するということです。日本では原発の停止による供給量の低下や太陽光発電などの再エネの不安定性によって、供給側の対応能力が低下している事情によって、注目されている方式です。

このデマンドレスポンスの一つに、ネガワット( negawatt power)というのがあります。
ネガワットは負の消費電力を意味する造語で、企業や家庭などの需要家の節約により余剰となった電力を、発電したことと同等にみなして、需要家に節電分に対して報酬金を支払う仕組みです。
ネガワットのネガは否定の意味で、メガワットすなわち1000キロワットが事業用太陽光発電の一つの基準となっているのをもじっているようで、デマンドレスポンスのように味も素っ気も無い記号的な造語が多い昨今では、珍しくユーモアのある言葉かも。

ネガワットは送配電事業者や小売電気事業者などの電力会社と、企業や家庭などの需要家との間で取引されます。電力会社と契約した需要家は、需要抑制の要求(デマンド)を受けると、所有する電気機器の運転を止めたり、設定を変更して消費電力を抑えます。(レスポンス)
契約で決めた分を節電できれば報酬を受け取ります。報酬は節電できる能力に対して支払われる基本報酬と、実際に節電した量に対して支払われる従量報酬に分けられます。

ネガワットは電力会社と需要家間で契約されるのが基本ですが、アグリゲーター(aggregator)と呼ばれる仲介者が、その間に入ることが想定されています。
aggregateは集めるとか総計いくらになるという意味で、アグリゲーターは集める人ということです。アグリゲーターはネガワットを集める事業者で、 複数の企業や家庭を集め束ねて、効率よく大きなネガワットを生み出すのが目的です。アグリゲーターが企業や家庭の需要家と個別に契約し、それをまとめて全体でどれだけのネガワットが出来るかを計算して、電力事業者と契約します。

実際に電力事業者から需要抑制指令を受け取ると、アグリゲーターはどの需要家が、どれだけ節電できるかを判断し、最適な組み合わせを計算し、各需要家に需要抑制指令を出します。実際に節電できた顧客に報酬を支払い、また電力事業者からは報酬を受け取ります。、
取引される電力は、指令を受けてから節電を実施するまでの反応時間と、需要を抑制し続ける持続時間、そして周波数調整の有無があらかじめ契約によって決められています。反応時間が短く、持続時間が長く、周波数調整があるほうが取引価格が高くなります。

アグリゲーターには、どんな事業者が名乗りを上げているのでしょうか?
大阪ガスは関西電力とデマンドレスポンス契約をしました。大阪ガスは自社のコジェネレーション発電装置を所有しています。関西電力から需要抑制を受けると、この発電装置を運転して発電したり、電気とガスの空調を併用しているところは、ガスだけで空調を運転したりして、ネガワット取引を実行します。また顧客の需要家に加えて、自社の工場、研究所などに節電を指令します。自社の施設がアグリゲーターの顧客でもあるわけです。
自社施設を加えることでネガワットの規模を大きくでき、また自社施設は顧客需要家にくらべて自由度が高く節電しやすいというメリットがあります。

太陽電池大手の京セラは、自社の太陽電池そして蓄電池を購入した家庭とネガワット取引を行い、電力会社の需要抑制指令に対応します。太陽光発電は、FIT(固定価格買取制度)による買取価格の低下により、家庭用は自家消費が中心になっていくと想定されますが、家庭での電力消費は、発電が出来ない時間帯が中心で、自家消費のネックとなります。その対策として蓄電池需要が増えていて、この太陽光発電と蓄電池の組み合わせによってデマンドレスポンスに答えようというものです。
顧客家庭がネガワット取引に参加して、報酬を受け取ることが出来れば、京セラにとっては顧客サービスに貢献したことになります。またネットワ-クでつなぐことによって顧客の機器の稼働状況をモニターして、メインテナンスを行うことが出来、自社製品の優位性につながります。

ということで、日本の電力供給が低位に進行する中、デマンドレスポンスやネガワットが、需給や価格の安定に貢献できるのか注目されるところですが、まだ始まったばかり。詳細な制度設計もこれからで、上手く機能するかどうかは今後の展開次第というところです。


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車の電動化は止まらない?

車の電動化の動きが、ここにきて急加速している様です。
1年前に「車は電動化する?」というタイトルで書いたので、一部を再アップします。

『自動車の未来はどうなるのか、混沌としています。
様々な種類の自動車が世に出てきますが、この先どれが主流になるのか分かりません。
ハイブリッド車(HV)が燃費向上の限界に近付き、ディーゼル車が躓き、また燃料電池車(FCV)が車自体の高コストや水素ステーションなどのインフラ整備の遅れによって足踏みする中、電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド車(PHV)が、このところ注目銘柄のようです。
エネルギー事情や政府の政策、メーカーの事情や戦略によって、どこに落ち着くか分からない最近の「猫の目車事情」ですから、この先どうなるかは誰にも分からないのですが...
メーカーは自車の優位を狙って激しい競争を繰り広げているといえば、聞こえはよいけれど、見方によっては右往左往ともいえます。
現在の注目銘柄が何でEVとPHVなのかというと、どちらも単純に、走行中に二酸化炭素(CO2)排出量が少ない、もしくは出さないということと、構造が比較的単純で、新規参入が容易だということでしょうか。
EVは蓄電池に貯めた電気を使うので、走行中のCO2排出量はゼロです。
PHVは通常のHVよりも搭載する蓄電池を多くし、電気モーターで通常走行し、長距離走行や蓄電池電力が不足したときに内燃機関で走行します。
したがって走行全体で見ても排出量は少なくなります。
つまり本来のHVが内燃機関を主体として、モーターはその補助役であり、また回生エネルギーのように、ともかくもあらゆる所から、内燃機関の駆動に伴うロスエネルギーを集めて電気に変えるという複雑なシステムを有しているのに対して、PHVはそれらを簡素化、あるいは省略されます。
ということでPHVの位置付けは、HVよりもEV寄りになります。
そんな理由からでしょうか、EVとPHVへの参入が増えています。ディーゼルでミソをつけた欧州のメーカーがPHVを、そして米テスラモーターズがEVを発売して注目されています。
テスラが2016年3月に発表した新型「モデル3」は、従来のモデルより安い、といっても約400万円の価格ですが、発売1週間で30万台を超えました。これは日産自動車のEV「リーフ」が、発売から5年かけて20万台を販売したのに比べると大変な数字です。』

それから1年経った現在、EVへの傾斜が顕著です。
フランス、イギリスが2040年までに、化石燃料車の販売を禁止すると決めたのに続いて、中国も追随するようです。もっとも完全な化石燃料排除ではなく、PHVとHVは除外されるようですが...
この1年でEVが抜きん出るような技術革新が起こったわけではありません。
また石油の情勢に大きな変化が起こったわけでもありません。なのに何で?
どうやら社会的、政治的情勢の変化によるようです。

もともと都市の大気汚染が深刻なのは、中国やインドなどモータリゼーションが急な国に限られたわけではありません。公共交通が効率的に整備された日本のような国と違って、英仏やそして米国など先進国の都市の大気汚染も無視できない状態になっているようです。
公共輸送の未整備や職住間の距離、物資輸送の非効率性などによって、大量の車の乗り入れと、それによる渋滞などが重なって大気汚染が起こるわけです。

その手っ取り早い解決策として、走行中は大気汚染をもたらさないEVが最適というわけです。
奇しくもこれらの国では、自動車産業はドイツや日本に比べて競争力を欠いています。
穿った見方をすれば、化石燃料車から一気にEVに飛び移ってしまえばという思惑が働いている?
政治の影も見え隠れします。米国のテスラの様に新規参入して、一気にトップになれるかも!
ということで、どこかが口火を切れば、バスに乗り遅れるなとばかりに、一斉にEV化の流れです。

中国やインドでは傘下に収めた欧州メーカーが、早々とEV化を宣言するような動きもあります。
ドイツはディーゼル車で失態をさらし、日本はお得意のHVの消燃費がほぼ限界に達し、ともにPHVに活路を見出そうかというところでしたが、こんな世界の社会的、特に政治的情勢には抗し得ない?
特にドイツVWなどは、中国市場に過剰に依存しているので、政府の意向には逆らえないし...

いうまでも無く、都市の大気汚染はPM2.5などに代表される、直接的で地域的な汚染であるのに対して、間接的ながら地球規模の大気汚染、すなわち温暖化ガス排出とは無関係です。
EVは走行中に汚染物質を出さないというだけで、使用する電力は商用電力によって充電されたもの。その商用電力が石炭火力などによる、温暖化ガスを大量排出する電力だとすれば、エネルギーの作成から消費までの全体で見れば、電力もガソリンも大差は無いし、場合によってはHVなどの方がクリーンというのが実際の姿です。
今後、EV車が増えて電力が不足し、それを賄うために安価な石炭火力発電に頼れば、都市の空気は見掛け上はきれいになっても、世界では温暖化被害がますます拡大なんてことにも...

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光合成と生態系2

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同化・「左⇒右」の反応と、異化・「右⇒左」の反応は、両辺の物質を見る限り、まったく逆の反応になっていて、かつ物質は循環しているといいましたが、実際は完全な循環にはなっていません。
同化を行うのに必要なエネルギーは、光合成を中心とした同化で作られた有機物の一部を異化することによって調達するのですから、「左⇒右」への反応のほうが、はるかに大きい訳です。
光合成生物すなわち植物は、環境から「二酸化炭素と水」を摂取して自らを作り、そして環境へ「酸素」を排出するという、見かけ上は「左から右への一方向的な過程」となります。

この過程が大々的に行われたのが、今から27億年前に登場した藍藻(シアノバクテリア)という藻類による光合成です。
藍藻は現在の植物とほぼ同等の、複雑で巧妙な光合成能力を持ち、地球上で支配的な生物となりました。そして長い年月の間に、地球の大気中の二酸化炭素を、ほとんど酸素に変えるという大業を成し遂げてしまったのです。今日の地球の大気の組成は、この藍藻の仕業といわれています。
地球上の食料(二酸化炭素)を食べ尽くし、廃棄物(酸素)で満たしてしまった訳ですから、最初の大規模な環境汚染ということにもなります。

ここで登場するのが、光合成生物を食料とする生物の登場です。
光合成を中心とする同化で作られた有機物を食して自らを作り、また有機物を分解してエネルギーを得る生物、すなわち動物です。
動物は同化の大部分を自らは行わず植物に委ね、出来上がった有機物を摂取して自らを作り、またそれを異化することによって活動エネルギーを得るということで、見かけ上は環境から「酸素」を取り入れ、有機物と反応させて、環境へ「二酸化炭素と水」を排出するという、「右から左への一方向的な過程」となります。

この両方の過程の大きさが、同じになれば「循環」が成立します。
光合成生物と、それを食する生物との間での、無機物質と有機物質の相互変換による循環です。
循環は「資源の枯渇」と「廃棄物による環境汚染」という、生物にとっての大問題を解決します。
資源を消費して廃棄物を放出する片方向的過程が、廃棄物を資源として利用し、そしてその廃棄物がまた資源になるという双方向的過程になり、生物は資源の枯渇と廃棄物の堆積という圧力から開放されます。生態系は循環を成立させることによって、安定と継続を得ることが出来たのです。

かくして循環する「生態系」が成立します。
生態系の「生態」は、サラリーマンの生態なんて意味で使われたりしますが、英語のEcologyでは、生物種間やそれを取り巻く環境との間の相互作用を扱う学、生態学のことです。
また「系」(System)という言葉には、物理学での閉鎖系、開放系といった、外界から独立した一定の空間を意味したり、また複雑系のように、相互に関係する要素から構成されるまとまりや仕組みを意味したりします。また日本ではビジュアル系とかオネエ系、はたまた草食系、肉食系とかいった、ある範囲やグループ分けの意味で使われたりもしますね...

生態系での「系」は、複雑系のように相互間の機能に着目します。
すなわち、「生態系」の概念は、「一定の地域の生物種間やそれを取り巻く環境との相互関係が(特に物質循環とエネルギーの流れに)、一定の仕組みと機能を持ったまとまり」ということになります。

近年、生態系という言葉自体は一般化しましたが、生態系に何か実体があるように捉えたり、或いは統一的生命体とかいった、感覚的、情緒的に捉える傾向があるようです。
生態系が危機にさらされている状況への警告、啓蒙的な意味が込められるのも悪くはないのですが、あらたまって生態系を考えた時、ハテナ?とならないように...

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生態系を表わした模式図です。少々ややこしい図ですが、これでも単純化されています。
光合成により有機物質を生産する植物などの「生産者」、植物を食料とする動物などの「消費者」、そして有機物質を最後に摂取する微生物などの「分解者」によって有機物質が、水と大気を媒介して、無機物質と相互に変換され、循環します。
図では有機物質の主な構成要素である炭素の循環を描いていますが、炭素の他に窒素やリンなどの物質も循環しています。これらの物質の循環は、分解者が無機物を生産者に渡すという矢印で示されていますが、実際は複雑で興味深い過程を経ています。

生態系の循環は、外部から物質を摂取したり、また外部に廃棄物を排出したりせずに、自己完結的に、「閉じた系」の中で物質がやり取りされます。
すなわち物質については「閉鎖系」ということになります。

また、エネルギーについては、宇宙から来たエネルギーは、光合成などの「同化」によって、化学エネルギーになり、そして「異化」によって、最終的には熱エネルギーとなって、宇宙に放出されます。
すなわちエネルギーに関しては「開放系」なのです。
エネルギーは循環することが出来ず、利用するにつれて、純度が減り、すなわちエントロピーが増大し、利用が出来なくなります。そしてその捨て場がないと、系は最後は「熱平衡」、すなわち熱死に至ります。宇宙に放射できる開放系が、エネルギー利用の必要条件なのです。

ということで生命と物質の循環は「閉鎖系」の中で、そしてエネルギーの流れは「開放系」で、地球生態系は成立しているのです。

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光合成と生態系1

19世紀のはじめ、植物学者が次のような事実を発見しました。
二酸化炭素 + 水 ⇒ 植物の成長 + 酸素
素晴らしい発見でしたが、オット何かが欠けているぞ!
ほどなく植物が「光エネルギーを化学エネルギーに変換している」ということが突き止められました。
これをまとめると、「植物が太陽光エネルギーを使って、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から有機化合物を合成する作用」で、光合成と名付けられました。今では小学校から習う大事な知識です。
化学反応式で表現すると、次のようになります。

6CO2 + 12H2O + 光エネルギー ⇒  C6H12O6+ 6O2 + 6H2O
反応式は反応前の化学物質(反応物)と反応後の化学物質(生成物)を記しているだけで、反応のプロセス自体を表してはいないので、もっと簡単には次のように表わせ、便宜的にこの式で記します。
6CO2 + 6H2O + 光エネルギー ⇒  6(CH2O) + 6O2

少しだけ詳しく見ると、光合成は大きく2つの反応に分けられます。
光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応(明反応)と、化学エネルギーから糖を合成するカルビン回路(暗反応)です。

光化学反応は葉緑体の中のクロロフィル(光合成色素)が光エネルギーを使って、水を酸素分子と水素イオンに分解し、また電子を作ります。そして電子と水素イオンによってNADPHとATPという有機物質をつくります。これらの反応は光エネルギーを使うので明反応です。
カルビン回路では、光化学反応で作られたNADPHとATPを利用して、二酸化炭素から種々の糖を作ります。ここでは光エネルギーを使わないので暗反応です。
ちょっと立ち入っただけで、何がなにやらですが、光合成の反応は、単なる化学反応の領域から、量子力学の世界に至る、複雑で精緻な過程なのです。

さて、植物は光合成で、食物を自給する一方、「呼吸」を行うことで、その食物から生命活動のエネルギーを得ています。その反応は次式です。
  6(CH2O) + 6O2 ⇒ 6CO2 + 6H2O + エネルギー
これは、光合成とまったく逆の反応です。これらの関係を図示すると...

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式の「左⇒右」は光合成によって、二酸化炭素と水から、グルコース(ブドウ糖)を作り、「右⇒左」はそのブドウ糖を二酸化炭素と水に分解して、エネルギーを得る過程です。
「左⇒右」と「右⇒左」の反応は、両辺の物質を見る限り、まったく逆の反応になります。
物質は循環し、そしてエネルギーは光から、化学エネルギーへ、そして熱エネルギーと変化して流れていきます。この図が生態系の物質循環とエネルギーの流れを、ごく単純に説明しています。 
(繰り返しますが、単純な化学反応式に見えるものの、実際は大変複雑な過程です。)

生物は自分自身を維持するために、材料とエネルギーを調達して、自らの体を構成する部品を作り出します。これを「代謝」と呼びます。代謝は生命活動そのものです。
代謝には大きく、「異化」と「同化」があります。
「異化」は複雑な有機物を、より単純な化合物に分解する過程から、エネルギーを引き出すことです。
「同化」は単純な物質から、より複雑な自身の体を構成する部品を作り出すことをいいいます。
同化を行うにはエネルギーが必要ですが、光エネルギーおよび、異化によって調達されたエネルギーを使います。

この図は同化の最初の過程(光合成)と、異化の最後の過程(酸素呼吸)を表しているわけです。
図に描かれていない反応式がずっと右へ続いて、グルコースから、アミノ酸が作られ、そのアミノ酸をつなげて複雑なタンパク質が作られていきます。
反対に右から左に、複雑なタンパク質が単純な化合物に分解されていく、という反応の流れが続くことになります。


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光と音はどう認識される?

太陽の光すなわち自然光は、人の目には「白色」に見えます。
しかし光をガラスで出来た三角柱のプリズムを通してみると、いろいろな色の帯が現れます。
「赤橙黄緑青藍紫」の帯、光のスペクトラム(連続体、分布範囲)です。
光は色によってその波長が違うため、プリズムを通るとき、波長に応じて異なる屈折率によって、光が分けられて7色の帯になるのです。
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図上はその光のスペクトラムで、図下はいわゆる「光の三原色」と、その三原色を混じり合わせた、いくつかの色を示しています。さらに三原色の配分や明度、彩度を変えて混合すれば、人が認識するすべての色を作り出せます。「RGBカラー」では、Red、Green、Blueのそれぞれ256通りの色調で、色や濃淡を連続した階調で表現することができます。256階調あれば、人の目は隣どうしの色や明暗が区別できず、滑らかなグラデーションになります。

光は図のように、およそ380~780nmの波長をもつ電磁波です。
では光の三原色で、すべての色を作ることができるということは、赤緑青の3つの電磁波で、すべての色に相当する電磁波を作るということなのでしょうか?でもスペクトラムに無い色は、どの波長の電磁波?というより、何でスペクトラムには、7色しかないの?

実は三原色は、人の目の視覚細胞と大きな関係があるのです。
視覚細胞には「赤、緑、青のそれぞれの光を感じ取る3つのセンサー」があって、それぞれのセンサーが受け取った光の量が脳細胞に伝達されて、3種がミックスされて、「色」として組み立てられるのです。つまり光の三原色とは、人の3色の視センサーが基準になっているのです。

スペクトラムの7色も、電磁波に7つの色があるのではなく、人の3色の視センサーがそれぞれ感じ取った電磁波を、脳がミックスして、7つの色に大別して認識しているということになるわけです。
例えば、黄色は580nm~595nmほどの波長の電磁波ですが、緑と赤の電磁波が混ざった光線でも、同じ黄色になって、両者を人の眼は区別できません。
また青色と赤色が混ざると、「ピンク色」という(それに相当する波長の電磁波は無い)色になります。
ピンク色とは脳内でミックスされた心理的なもので、桃色光線というものは存在しないのです。

色とは「脳が光を認識する手段」なのですね。色は「物理的な量」というよりも「心理的な量」ということができるのです。「光に色はない」ということを、最初にプリズムで光のスペクトラムの実験をした、かのアイザック・ニュートンが言っています。

次に音の場合はどうやって認識されるのかということです。
大抵は「空気の振動である音を、鼓膜が捉えて認識する」ということで済ましていますが、実際は遥かに複雑な仕組みなので、そこをちょっと...
鼓膜(中耳)の振動は増幅されて、蝸牛(かぎゅう)という器官(内耳)に送られ、蝸牛内にあるリンパ液を振動させます。そしてリンパ液に含まれるカリウムイオンが流れ、電流が発生します。
この電気信号が神経を通して脳に伝わり、音を認識するという仕組みです。
ということは、脳に伝えられた交流信号が、脳で振動しているということ? まさか! 
電気振動を色と同じように、心理的量に代えている訳ですが、考えてみるとこれも不思議です。

医療で、人工内耳というのがあって、聴覚障害に用いられますが、その仕組みがわかると、聴覚の理解の助けになります。
人工内耳は補聴器に似ていますが、補聴器は増幅した音(空気振動)を、そのまま鼓膜に送っているのに対して、人工内耳はマイクロフォンが捉えた音声を、音声分析装置で電気信号に変換し、そして蝸牛に埋め込んだ(インプラント)電極へ送り、電極が聴覚神経を刺激します。
蝸牛はその部位による周波数特異性をもっています。つまり反応する周波数が分かれています。
したがって蝸牛内の音域の割り当てに対応して、複数個の電極を埋め込みます。
そして音声分析装置の中のプロセッサーが、どの電極をどの程度刺激するかを決めます。

音声の周波数分析を時間的に連続して行い、強さ、周波数、時間 の三次元で表示することを、スペクトルグラム(Spectrogram)と呼びますが、これで見ると(特にあ行の母音では)、特定周波数に、はっきりとしたピークが得られます。この特徴的なピークが、音声毎に異なるために区別ができるわけです。その特徴を捉えて電気信号に変換する行程を、音声処理(コード化)法といいます。
スペクトルピークというコード化法では、音声スペクトルグラムを、そのまま電極での刺激の場所と強さに変換します。
下図はスペクトラムグラムの時間軸を省いて表示した図ですが、黒色の部分がピークにあたります。

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人工内耳は蝸牛本来の信号は得られませんが、個人差はあるものの、一般的にかなりの程度で言葉を聞き取ることができるようになるといいます。
そしてこのような人工内耳の仕組みと同じことを、人の耳(特に内耳)が行っていると考えると、内耳は音声分析装置の機能を持っているということですね。

このようにして、蝸牛の各部位に送られた電流が聴神経と脳に伝えられて、音に相当する何らかの心理的量に変えられているのですが、この部分は色の認識と同様に、まだよく解明されていない、未知の領域なのです。
もとの空気振動を聴神経や脳によって、補完、補正や創造(想像)、フィルターなどなど様々な作業を行って、音として組み立てているのです。この音の認識(組み立て)は、色の認識と同じように高度でかつ、見方によっては、随分と大胆(アバウト?)な脳の作業なのです。

人工内耳と同じように、視覚障害のために、人工網膜というものがあります。
人の網膜には視細胞が縦横の格子状に並んでいますが、人工網膜はデジカメのように、受光素子が縦横に並んでいて、機能しなくなった視細胞の代わりを務めます。
受光素子は、マイクロチップ化されていて、眼の網膜に埋め込まれます。
そしてこれが光を電気信号に変え、信号は視神経に送られ、そこで「光」として認識されます。
現在の段階では、光の明暗が、「モノクロで縦横何ドット」というレベルで認識されますが、それでも大きな文字などは読めるようになります。電光掲示板のような具合ということです。
将来は画素数も広がり、また「色」も認識できるようになるのでしょう。


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鹿の子百合

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鹿の背中の斑点模様を「鹿(か)の子まだら」、略して鹿の子といいます。
昔から、この斑点模様が付いたものを、「・・鹿の子」と呼んできました。
在原業平の「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらん」という歌があります。

布の染めを「鹿の子しぼり」といったり、また植物の「京鹿の子」は、ごく小さな花を密集させて咲く形が、鹿の子模様に見立てられたのでしょう。
和菓子の「京鹿の子」は、餅のまわりを、蜜で鹿の子模様に仕上げた豆で囲んだ菓子です。

でも信州小布施の有名な菓子、「栗鹿の子」は大粒の栗の実に栗あんを練り合わせて作った、きんとんとほぼ同じもので、鹿の子模様はないのですが、栗鹿の子と呼んでいます。

画像の「鹿の子百合」は、花弁に鹿の子模様の斑点があることから、そう呼ばれます。
日本原産のユリで、かのシーボルトによってヨーロッパに持ち込まれ、交配種が作られました。
花はやや下向きに、また大きく反り返って咲きます。
色は濃い紅色からピンク色をしていますが、画像のユリは変種の園芸種です。
花弁も斑点も真っ白の鹿の子百合です。

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